うーん、と談話室で皆木は朝から唸っていた。それに気づいた劇団に所属する人々が、声を掛けようかどうか悩んでいたものの、脚本に関することだと悪いと思い、結局ソファーに座った皆木は一人で雑誌と睨めっこをするばかりだった。あれから季節がひとつ過ぎたものの、彼は意中の人との距離を詰めることが未だにできずにいた。MANKAIカンパニーは秋組が発足し、ますます劇場は盛り上がりを見せている。そして、この寮も大変賑やかになってきたものである。皆木が所属したばかりの時は春組しかいなかったが、今では二倍以上の人数を抱えている。
まだ眠いとばかりに、目を擦りながら皆木の横に座ったのは茅ヶ崎至だ。伏見臣が手作りした小さなパンを咥えたまま、彼の横でスマホを弄り始める。彼が来た途端に、談話室に機械音が鳴り響き出す。それは余計に皆木を唸らせることとなったが、ハッと彼は横を見やる。この人だったら、得意な分野だろう。そう確信して。



「至さん!」
「んー?」
「あの……清楚な女の子が好みそうな服装って」
「あ」
「あ?」
「マジ最悪。もう順位落ちてるわ……走る」
「……至さん聞いてないですよね」
「女ウケがいい服ってこと?」
「そ、そうっす」
「お洒落で、紳士っぽく見えるのだろ」
「それがどういう恰好か具体的に分からなくて。あと、俺に似合いそうな服も……」
「俺」
「そ、そうっすか?」
「服装はね。でも綴に似合うかは別。ってか、なんでいきなり恰好気にしてんの?いつものでいいじゃん」



茅ヶ崎は皆木の質問に淡々と答えつつも、自身の指の動きは決して止めない。オフの時に発揮されるゲーマーの姿はこの寮の中では、誰もが既知のことである。一旦外に出てしまえば、そんな姿など微塵も思わせることのないことから、瑠璃川幸にはインチキエリートと言われる始末だった。しかし、茅ヶ崎の服装というものは誰が見ても格好いいものであり、センスは間違いない。彼の言う事を耳にしながら、雑誌にもう一度目を落とした皆木はまた大きく溜め息をつく。茅ヶ崎のアドバイスにしても、この雑誌の内容にしても、どちらにせよ、今の皆木が持っている服では到底コーディネイトができないのだ。いつも綺麗で清潔感のある彼女の隣を歩くのに恥ずかしくないといえば、真っ先に茅ヶ崎の姿が浮かんだからこそ、質問を投げかけたわけだったが、それ以前のことに気づいてしまったのだ。
最終的には面倒だからそのままでいいだろ、という言葉で一蹴された皆木は自分がもし茅ヶ崎のような恰好をしていたらと軽く想像してみたが、どう考えても似合うような気がしない。もともと着る服の系統が違うのだから、違和感しかないのだ。ますます、頭を抱える皆木の横で、ゲームをひとつ終えたらしい茅ヶ崎がクスっと笑う。



「綴、もしかして好きな女でもいるの?」
「……っす」
「ふうーん、やけに素直なんだね。なんなら、その女と一緒に行ってくれば?」
「で、デートに誘う服を俺は悩んでるんすよ!」
「うん。だから、その子に選んでもらえばいいんじゃない?」



茅ヶ崎の言い分も一理あった。いくら雑誌にアドバイスが載っていようが、それは一般の中で大きい声だけであって、彼女がそういう恰好を好むかどうか分からないのだ。もしかしたら、皆木の今の格好を好いているかもしれない。こればかりは誰にも分からないことであった。茅ヶ崎は、おつー、と言いながら自室へ戻って行く。ゲーマー茅ヶ崎は皆木が思っているよりも何倍も大人で、普段見慣れた彼からは想像できないくらい、きっといろんな経験を積んでいるのだろう。ゲームに勤しむ彼の貴重な時間を割いてもらったアドバイスを、ここは実行してみようではないか。皆木は早速、彼女に連絡を送るのだった。



「つづるん〜!」



続いて談話室に姿を現したのは三好一成だ。彼は皆木の先輩にあたるが、いつもこのテンションのため、度々ついていけなくなることもある。しかし、三好のデザイン能力はズバ抜けており、劇団は彼の活躍に支えられている部分も大いにある。皆木のスマホの画面を覗き込んだ三好はまるで面白いものを見つけたかのように、ひとりはしゃぎ出す。三好を遠ざけるのが無駄だと分かっている皆木は、三好に女の子の誘い方を尋ねる。すると、彼はあっさり、今暇かどうか聞けばいいじゃん、と言う。皆木は何かと理由を付けて、クドクドした文章を考えていたが、三好の言葉を聞いてそうすることにした。



「今日の報告よろピコ〜!」
「……はいはい」



彼女からの返信を知らせる音は意外にもすぐに鳴った。手に持っていたスマホが振動し、皆木にLIMEが届いたことを二重に知らせる。彼は少し指先を震わせながら、届いたメッセージを開ける。すると、彼女は買い物に出ているとのことだった。これは無理か、と思ったところ、続けてメッセージが送信されてくる。一人だよ。皆木くんはどうしてるのかな。可愛らしい顔文字と共に綴られた文字に、皆木はひとりでガッツポーズを決める。誰か他の人と既に一緒にいるならば諦めるしかなかったが、どうやら彼女は一人で買い物に出掛けているようだった。今から同じところに買い物行こうかなって思ってたんだ。買い物に行くことは嘘ではないが、場所については予定を立てていなかったため、ちょっとした建前である。嬉しいと表現されたスタンプがどういう意味を表しているのかを考えている間に、彼女からここに着いたら連絡してねとメッセージが届く。了承のスタンプを押した皆木は、自室に急いで戻っては準備に追われるのだった。彼女は、単なる買い物相手ができて嬉しいのか、皆木綴と買い物ができることが嬉しいのか、どちらなのか。それは苗字と顔を合わせるまで、皆木の頭の中を占めることになる。
再び談話室に皆木が姿を現すと、相変わらずの休日スタイルの茅ヶ崎が冷蔵庫の飲み物を漁っているところだった。隣では伏見が飲み物の種類を説明している。おおよそ、茅ヶ崎は今日引きこもるための飲料や食料をかき集めているのだろう。至さんらしいや、と呟いた声は冷蔵庫の前に立っている二人に聞こえたらしい。



「綴、もしかして」
「至さんのアドバイス通りにしたら、上手くいったんすよ」
「大人のアドバイスは聞いておくもんだろ?」
「う……ま、まあ」
「どこかに出掛けるのか?」
「ちょっと……」
「女とデートなんだよねー?つ、づ、る、く、ん、は」
「至さん!」
「まあまあ。早く出ないと待たせるぞ?」
「あっ、はい、いってきます!」



茅ヶ崎は楽しそうに目を細めては皆木をからかう。伏見はそんな彼に引っ掻き回されて完全に遊ばれている皆木に、早く行くようにと声を掛ける。至さんと伏見さん、どちらが年上か分からなくなるなと思いながら玄関の扉を開ける。彼の頬が既に赤く染まりつつあったのは、自分が本当にデートに行くということを茅ヶ崎の言葉で実感したからであろう。

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