向坂は先日発売日を迎えたばかりの少女漫画を求めて、デパートの中にある本屋で新刊コーナーをウロウロとしていた。今話題の新作もたくさん並んでおり、誘惑だらけの場所と化している。財布の中身と相談しつつ、何冊か手に取った向坂はレジに向かうと、店員が漫画を丁寧に袋へ入れていく様子をキラキラとした目で見つめていた。少女漫画の大好きな彼にとっては、この時間も楽しいものなのだ。 本屋を出てしばらく歩いていると、エスカレーターに乗った皆木の姿が目に入った。今朝、彼が出掛けることなんて誰も言っていなかったが、気でも変わったのだろうか。向坂は声を掛けようと手をゆっくり挙げる。しかし、その手は誰かによって掴まれることになり、ご、ごめんなさい、と思わず謝罪の言葉を口にして、伸びてきた手の主に顔を向けた。真っ赤な髪の毛をして、そこに笑顔で立っていたのは向坂と同じ劇団員の七尾だ。静かに、と言わんばかりの彼の勢いに押され負けた向坂は皆木がエスカレーターを降りて、自分たちが遠ざかって行くのを眺めていた。もう少しで皆木の姿が見えなくなるところで、向坂の腕を七尾が引っ張る。まるで尾行しているようで、いまいち七尾の考えがよく分からない向坂は小さな声で理由を尋ねた。 「……これからデートだってさ!」 「えっ!?」 「臣クンが、太一は綴の姿を見かけてもそっとしておくこと、って。でも俺っち気になってしょうがないから、こっそりどんな女の子か見たいなーと思ってさ」 七尾が皆木のデートの様子を隠れて観察しようと決めた時に、たまたまそこを向坂が通りかかったということらしい。デートの言葉を聞いた向坂は、覗き見ることに罪悪感を抱いていたものの、好奇心には勝てなかったようで七尾と共に、抜き足差し足忍び足という雰囲気を醸し出しながら二人で皆木を追う。傍から見ると、可愛らしい外見の仲良し男子が遊んでいるようにしか思えなかったが。 皆木が立ち止まったのは女物の洋服が心狭しと並んだ店の前であった。スマホをポケットから取り出した彼は、周りをチラチラと気にしながら画面をチェックしている。七尾と向坂は小さな声でこそこそと喋る。 「絶対、女の子の連絡待ちだよ!」 「あー、どんな子かな……」 「少女漫画だったら、女の子がとっても可愛い恰好してて、男の子は照れちゃう場面だ……!」 「可愛い女の子だったら羨ましいッス!」 「まだかなあ」 「あ!もしかして!」 七尾が指差した方向から、髪の毛を綺麗に束ねた女が歩いてくる。向坂は口元を両手で覆い、彼女の歩いて行く姿をじっと見つめる。小さな鞄を肩に掛け、少しヒールのある靴の音を響かせながら歩く彼女は向坂が最近読んでいる少女漫画の中でも、一番面白く、きゅんきゅんすると話題にもなっている漫画に出てくる大学生の女の子に似ていた。わあ、と声を思わず上げると七尾が隣で、一生懸命にしーっと言う。 苗字さん、皆木が声を上げたことから、二人はハイタッチを決める。皆木のデート相手を生で見たのは寮の中で、まだ七尾と向坂だけだろう。言葉に出さなかったものの、どこか特別な瞬間に立ち会ってしまったようで、彼らはにやける顔を抑えられずにいた。皆木は頭を掻きながら、苗字と会話を続ける。向坂は自分の憧れた景色がまさか現実で見られるなんて、と胸を躍らせ、七尾は可愛い女の子とデートできる皆木を羨ましそうに見つめる。苗字が皆木の腕にそっと触れた瞬間に彼は頬を少しばかり染め、その様子を見逃さなかった彼らは思わずその場で感嘆の声を漏らした。 洋服の店が並ぶ通りへと消えていく二人の後ろ姿を見届けた七尾と向坂は、寮の皆に喋りたくて仕方なくなっていた。皆木が溜め息をついていた様子の原因に全ての物事が結びついた七尾は、早速伏見にLIMEを送る。臣クン、相手の女の子バッチリ見ちゃったッス、と。向坂はその画面を一緒に覗き込みながら、クスクスと笑った。すぐに既読の文字が付いて、七尾宛てに伏見から連絡が返ってくる。動物が笑っているスタンプに続いて、姿を見るだけならいいか、早く帰るんだぞ、と言葉が綴られる。向坂も一緒に目撃したことを七尾が伝えると、皆で綴のこと応援してやろうな、と伏見らしいメッセージがすぐに返ってきて、スマホを見ながら二人は笑った。 「今日どうなったか、直接教えてもらおうよ」 「うんうん!楽しみッス」 |