皆木が寮へと帰ってくる前だ。談話室では、当人を除いて、彼の話で持ちきりだった。今朝、皆木が出て行く時にその姿を見送った茅ヶ崎と伏見。デートの報告を約束している三好。皆木が意中の女の人と歩く姿をこっそり見ていた七尾と向坂。それぞれが予想や事実を話していた。特に七尾たちは実際に相手の姿を見ているため、二人よりも年上の組が根掘り葉掘り聞き出していた。分かる範囲で、細かく。向坂は、少女漫画のような展開を現実で見られたことが堪らなく嬉しかったようで興奮気味であり、七尾はこれからの皆木の行く末を予想しながら大学生や社会人の話を聞いている。 談話室がいつも以上に盛り上がりを見せているため、そこを通りかかった佐久間、たまたま帰ってきた皇や摂津も話の全容は分からないものの、大人数が集まっているということは面白い話なのだろうと、近くに腰を下ろしていた。談話室に置かれているソファーも椅子も過去最高の埋まり具合だった。 「たいっちゃん、名前とか分かった感じ?」 「うーん、たぶん呼んでたと思うッス。でも、よく聞き取れなくて……」 「苗字さん、って、言っていたような気がします」 「むっくん、さっすが〜!」 「苗字?」 「え、なに、臣の知り合い?」 「いや、大学の後輩に同じ名前の子がいるんですよ。同じ大学だし、もしかしたら……とは思ったけど、同じ名前の人っていっぱいいるよな」 「情報はよはよ」 「太一たちの話を聞く限りは、その子のような気もするな」 茅ヶ崎が伏見の話を聞いて、マジかキタコレと楽しそうに瞳を細める。スマホ片手に話に参加している彼だが、同じ組の皆木をからかうネタになるとばかりに耳だけは彼らの話に傾けているらしい。向坂が聞き取った名前が、もし伏見の後輩と同一人物であれば、一気に情報は広がる。皆木よりも伏見の方が詳しい可能性も見えてきた。佐久間、皇、摂津も大体を把握したようで、それぞれがリアクションを取っている。特に佐久間は皆木のそんな話を全く知らなかったために、思わず声を漏らす。綴くん、すきなひとがいるんだ、と。 「ただいまー」 玄関の扉が開かれる音と、皆木の声が談話室の全員に聞こえる。談話室への入り口に全員が目を向けた瞬間は、驚く程に揃っていて、まるで舞台の上で演技をしているかのようだった。扉が開かれるまで、談話室では誰も口を開かない。息をひそめて、扉が開くのを待つ。テレビでよくあるドッキリ企画みたいだと、皇は思った。 「……電気が点いているのに、静かだな」 皆木の呟きと共に開けられた扉。待ってましたとばかりに、談話室の全員が次々に皆木に言葉を掛ける。おかえりなさい。遅かったな。待ってました。不思議そうにキョトンとした皆木だったが、今日出掛ける事情を知っている顔が見えて、はあ、と大きな溜め息をつく。七尾や向坂が、幸せが逃げるという意の篭った言葉をほぼ同じタイミングで発した。茅ヶ崎は、皆木の座るスペースを彼らの中心に用意し、有無も言わさず座れとばかりのオーラを放つ。伏見は、ごめんなと言いたげな顔をしていた。 今日購入した服の入った紙袋をソファーの近くに置くと、駆け寄ってきた三好がつづるん、これ開けてもいい、と尋ねる。もはや逃げられないと直感していた皆木はゆっくりと頷いた。 「それでは、皆木綴の報告会を始めたいと思いまーす」 「主犯は至さんっすか……」 「ん?別に俺だけじゃないけど。だって、綴を尾行した人もいるし、彼女の情報について喋っちゃった人もいるし?」 「はあ……」 「ごめんなさいごめんなさい、たまたまとはいえ、ひとりじゃ、こっそり覗き見るような勇気もないボクなのに調子に乗って本当にごめんなさい……!」 「お、俺っちもごめんなさい!」 「あー、その……ごめんな、綴」 「至さん以外は反省してるんすけど?」 「俺はアドバイスあげたでしょ?感謝すべき存在だし」 「……別にみんなのこと怒ってないっすよ。ただ、ちょっと」 「恥ずかしいっすよね?」 「まあ……」 「綴が名前と仲良かったなんで知らなかったよ」 えっ、と口を開けて固まった皆木。今日の相手であった彼女の下の名前を親しげに呼んだ伏見のせいである。ふうーん、名前ちゃん、ね。茅ヶ崎と三好が二人して理解したとばかりに頷く。伏見の後輩が、まさに皆木の相手だということが丸分かりの反応を見せた彼は、その場で小さくなっていくように見えた。摂津はニヤニヤとしながら二人の会話を楽しむ。 「名前、は俺の後輩なんだ。写真をお願いすることが何度かあってな」 「伏見さんは、そ、その好きなんすか!?」 「おー、直球キタ」 「俺が好きって言ったら、どうする?」 伏見の発言に皇以外、全員が動きを止める。これがいわゆる修羅場ってヤツか、皇は冷静に物事を捉えながら話を聞いている。だが、同時に彼は伏見の言葉や仕草から演技であることを見抜いていた。それに、仮に伏見が彼女のことを好いているのなら、皆木が帰って来る前の話の中で、どこかボロを出すだろう。それともまさか、上手く隠しているのか。皇は、どうなるんですかと言いたげにアワアワとしている佐久間の背中をトンと叩く。相当な役者でなければ、難しいはずだ。 「伏見さんがライバルってちょっと……でも、俺、負けるつもりはないんで!」 「これって少女漫画の三角関係だ……すごく仲のいい男の子同士で女の子を取り合うっていう……!」 「むっくん、戻ってきて〜」 「えっ、えっ、俺っちはどっちを応援すれば……?」 「太一、落ち着けって」 「綴くんを応援したら……いやでも、二人とも大切な仲間だから」 「咲也、大丈夫だから」 伏見の様子から皇の他にも冗談を吹っ掛けていることを見抜いた人間は、この状況でパニックを起こしつつある七尾、向坂、佐久間を落ち着ける。ごめんごめん、と笑いながら伏見が皆木の方を見て、もう一度口を開く。皆木は優しい性格をしているため、譲ってしまいがちなのかと思っていたが、そうではないらしい。伏見は今の彼の表情を写真に収めたいと思ったし、彼女にその写真を見せてあげたいと思った。 伏見の冗談だということが分かった彼らは、話を進める。皆木が嫌な汗を掻いたっす、と言えば、目の前を真白いタオルが落ちていく。ぐるりと振り返れば、彼らの監督である立花がクスクスと笑っていた。どうやら、途中から彼女もこの話を聞いていたらしい。綴くん、その話詳しく聞きたいなあ。監督にそう言われて、ますます逃げ場をなくした皆木は今日の出来事を赤裸々に語るのであった。 |