談話室のソファーで物思いに耽っている皆木を見た立花は、隣で紅茶を飲んでいる月岡に話しかける。劇団全体の動きとしては秋組の公演が無事に終わり、冬組の団員たちが集められ、既に稽古がスタートしていた。冬組は落ち着いた大人が集まっており、各組とはまた違った雰囲気を生んでいる。それはMANKAIカンパニー全体にとって、良い刺激となっていた。



「綴くんさっきからあんな感じなんですけど、紬さん何か思い当たることあります?」
「皆が噂していることだと俺は思いますけど……」
「台本に集中して書き上げたと思ったら、あの調子で」
「丞も言ってましたけど、女性関係でしょう?高校生たちから聞きましたよ」



恋愛事情を知っている他の組は、早速新しくやって来た冬組の大人たちに皆木綴のことについて話していた。当の本人は、自分の話が広がっていくことに気を取られている場合ではなかった。先日、伏見の作ってくれたチャンスは写真だけでなく、彼女に触れられて名前を呼ぶところまで進んでしまったのである。予想以上に彼女との仲が深まったように思えて仕方ない皆木は、未だにそのことが夢だったのではないかと疑っているのだった。談話室の扉が開いて、まだ就寝していない団員がちらほらと顔を出す。その中には写真を持っている伏見の姿があった。隣でその写真を覗き込んでいるのは、三好と茅ヶ崎で、後ろから立ち止まる彼らを押し込んでいるのは高遠。そのまた後ろでは雪白がクスクスと笑っている。



「綴、できたぞ」
「伏見さん……!って、三好さんと至さんはなんすか」
「つづるんちょー照れてる顔で写ってんじゃん!」
「ぷっ……この綴、デレデレじゃん。リア充か」
「え、え、臣くん私にも見せてよー!」
「うわあ、監督まで見ないでくださいよ!」
「ふふ、騒がしいけど楽しいね」
「東さんは見ないんですか?」
「あとで、ね」
「皆木の好みはあんな女なんだな」
「丞はもう見たんだ……」



伏見の持っていた写真が劇団員の中で飛び交うように、次々といろんな人の目に晒されていく。皆木は途中でそれを止めることすら諦めて、ソファーに座り込んだ。伏見はそんな彼の背中をポンポンと叩きながら、彼に何枚かの写真を手渡すのだった。立花たちが覗き込むようにして見ている写真はあの日、一番のショットと伏見が思っているものである。それ以外にも何枚か撮っていたものを、今、皆木に渡したのだ。
目を通していく皆木の手が止まった一枚に、伏見は笑顔を浮かべる。まるで苗字と皆木の二人きりの世界が作り上げられたとき、抜かりのない伏見は互いに名前を呼び合う彼らの姿も、多少遠くからではあったがカメラに収めていた。苗字が皆木に名前をはじめて呼ばれたときの表情は、伏見も知らない顔で彼自身も驚いていたものだ。皆木は、大きく深呼吸をする。息が詰まって、酸素の循環が滞っている自分の身体を落ち着かせるためだ。俺が名前を呼んだだけでこんな顔するんだ。皆木は、じっとその写真を見つめ続ける。



「綴、この子は綴のこと好きなのかな」
「……う、うーん、そうだったら嬉しいすけど、わからないですよ」
「ボクには、恋する女の子の顔に見えるけど」
「俺にはわからないっす……」
「臣はどう思う?」
「そうですね、少なからず好意は持っていると思います」



写真を眺める皆木の後ろから雪白が声を掛ける。彼は女性の扱いに大変長けた人物であると皆木は勝手に思っていた。真相は定かではないものの、雪白の一言はここにいる誰よりも背中を押してくれるものだった。苗字の気持ちを知る者は、劇団員には誰ひとりとしていない。といって、苗字の友人と皆木は交流があるわけでもないため、遠回しな情報詮索もすることができない。皆木に残された選択肢は最初からひとつしかないのだ。



「名前ちゃんに直接聞く……か」
「ふふ、それが一番いいと思うよ。頑張ってね、綴。もしフラれた時は添い寝してあげるから部屋においで」
「告白する前からフラれる話やめてくださいよ!添い寝も勘弁……っす」
「綴が上手くいったら、今度は本当のカップルとして写真撮ろうかな」
「伏見さんにはほんと、頭上がらないですよ」
「えっ、綴くん告白するの!?」
「……っあ、監督大きな声出さないでください!」



写真で盛り上がっている集団が立花の一声で一斉に皆木たちの方へと興味対象を変える。はあ、と何度目か分からない溜め息をついた彼は、すっと立ち上がると、談話室から逃げるように今日はもう寝ると宣言して出て行った。クスクスと笑う雪白に、あたたかい眼差しを背中に送る伏見。立花、三好、茅ヶ崎は皆木の告白の言葉を予想しようと様々な台詞を出し始めた。高遠はやれやれといった表情で、紅茶を飲み干した月岡の隣に座るのだった。

ALICE+