すっかり暗くなった空をぼんやり見上げる。月がよく見える日は、その近くに小さな光が幾つも煌めいて、まるで空一面に別世界を作り上げているようだった。手を伸ばしても掴むことのできない星月は、掴めないからこそ良いものだと思う。簡単に手に入ってしまうものに人間はこうも惹かれないだろう。人間が到底辿りつけない遠い存在であって、わたしたちはただ眺めるだけしかできないのだ。時折、あの光が手に落ちてこないかな、なんて夢のような話を考えたりもするけれど。



「名前さん」
「あれ、タケルくん帰り?」
「ああ。さっきまでレッスンがあったんだ」
「お疲れさま」



わたしの隣に座ったタケルくんは、首から青いタオルを下げていた。そういえば、アイドルという存在はなんだか星や月に似ているかもしれない。見えるのに、手は届かない。大河タケルというアイドルが大好きな人はこの世にたくさんいるかもしれないが、誰ひとりとしてタケルくんに本当の意味で触れることは叶わないのだ。キラキラしたアイドルで、皆に元気や勇気、夢を与えてくれる存在なのだから。独り占めなんて、できない。
水筒を取り出したタケルくんは、空に向かって持ち上げる。水筒の底がだいぶ高い位置にあるということは、もう中身があまり入っていないのだろう。ゴクゴク、と勢い良く水分補給をする彼を見て、再度空に目をやった。タケルくんと同い年で、偶然知り合ったからこそ近くにいることができるけれど、もしその偶然がなければ今のこの時間もない。わたしはタケルくんのファンであり、友達だ。ファンの人よりは距離が近いのかもしれない。でも、毎回思うのだ。彼がどんどん有名になればなるほど、わたしからは離れて行ってしまう。ただの高校生と、世間を魅了するアイドルとでは違いも歴然というものだ。



「タケルくんは、星みたいだね」
「……いきなりどうした」
「どんどんキラキラして、遠くに行っちゃうから」
「別に遠くに行ってはいないが」



不思議そうに目を丸くしたタケルくんは、空っぽになった水筒を肩に掛けると、わたしの手に触れてきた。物理的に距離が近いとでも言いたいのだろうか。でも、わたしが言っているのはそういう意味じゃないんだけどな。さっきまで身体を動かしていたタケルくんの手は、熱かった。重ねられただけの手なのに、熱が伝わってくる。



「触れることは、できる」
「……そ、そうだね」



星々はわたしに美しいという感情を抱かせ、気持ちを落ちつかせてくれる。けれども、タケルくんはわたしの心を掻き乱すようなことをする。それも、唐突にだ。アイドルとして輝く姿は星と似ていても、こうやって触れることができるのならば違うのかもしれない。それに、わたしが触れようとしなくても、向こうから触れてきてくれるのだ。タケルくんはわたしにとって、一体どんな存在といったら適切なのだろうか。



「身体を冷やすのはよくない。そろそろ帰ろう」
「うん。タケルくんともう一回、星を見たら帰るよ」


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