早朝、タケルくんがわたしの家の前の道を走っていることはずっと前から知っている。本人にも教えてもらったし、目覚まし時計を早めにセットして家の窓から覗いたことだってある。学校のある日でも、タケルくんが走る時間の方がわたしの起きる時間よりも早いことには驚くしかない。わたしが顔を洗ったり、学校の制服の袖に手を通したり、朝食をとっている頃、もう既にタケルくんは一通りのトレーニングをこなした後らしい。一体、彼は何時に起きているのだろうか。 休日の朝、眠たい目を擦りながら、けたたましく鳴り続ける目覚まし時計のスイッチを切る。枕元で充電していたスマホの画面を真っ暗な部屋の中で起動させると、思った以上に画面が眩しくて慣れるまでに時間を要した。メッセージが一件届いています、との通知を指でタップすると、大河タケルの名前が出てくる。今から走る、シンプルな文だった。タケルくんは途中の公園で少し休憩するらしいので、わたしはそこまで出ていくことにしていた。早起きまでしたのは、純粋に彼が何をやっているのか興味があるからだ。そうでなければ、休日にわざわざ朝早く起きることはない。いつもならのんびり起きるのだから。昨夜準備していた服に着替えたわたしは、身支度を終えると、まだ眠っている家族を起こさないようにそっと扉を開ける。開錠する時にどうしても音が鳴るので、なるべく小さな音で済むようにと慎重になった。朝早くから、男の子に会いに行くなんて言いづらいし。いいや、友達に会いに行くと言えばいいか。 まだ日も出ていない時間帯は、思ったよりも肌寒くて、外に出た瞬間に冷たい風がわたしに吹き付けてくる。思わず身体を震わせたけれど、公園まで小走りで行けば少しは身体が温まるかもしれない。そう思った時には、駆け出していた。タケルくんも今頃、どこかを走っているだろう。 わたしの家から公園まではそう遠くない場所にある。五分くらいで到着すると、既にタケルくんはベンチに座っていた。何か音楽を聴いているらしく、身体がなんとなくリズムを感じて動いているように見える。その度に青いイヤフォンのコードが揺れていた。音楽の邪魔をするのも悪いと思って、そろりと近づいて行く。あと数歩でベンチに辿りつくというところでタケルくんは気配を感じたらしく、わたしは的確に捉えられた。 「おはよう」 「おはよう。音楽の邪魔してごめんね」 「別に問題ない」 「何を聴いていたの?」 「今度ライブで披露する曲の復習をしていたんだ」 「じゃあ、THE虎牙道の曲だね」 「ああ。名前さんがよく聴いてくれている曲だ」 両耳からイヤフォンを外したタケルくんはそのうちの片方をわたしに渡してきた。音楽プレイヤーのスイッチには触れていないところを見ると、一緒に聴こうということなのだろうか。タケルくんと同じベンチに座ったけれど、コードの長さを考えると自然と距離が近くなってしまったものだから少し緊張した。右耳にイヤフォンを近づけると、彼らのデビュー曲が聴こえてくる。わたしはタケルくんたちのパフォーマンスを生で見たことがあるし、一人で何度もこの曲を聴いていたので歌詞を覚えており、どこでも歌える。いつも、こうやって練習や準備にも手を抜いたりしないタケルくんは本当に魅力的なアイドルだと思う。わたしだったら慢心してしまいそうなのに。前回のテストが良い結果だったことをいいことに、少しばかり手を抜いたら途端に点数が悪くなったりなど、思い当たる点はたくさんある。 タケルくんが小さく自分のパートを歌っているのが分かる。口の動きと、今流れている歌詞がぴったり合うのだ。ここの歌詞は、何度聴いても彼に似合っている。タケルくんらしい、真っ直ぐな思いがこもった歌詞だ。そうそう、この後は漣さんが歌って、サビに入っていく。目を瞑れば、三人のダンスも頭に浮かんでくる。お客さんも一緒に盛り上がって、最高に熱い頂点をみんなで目指す。サビが終わって間奏に入ると、タケルくんが歌詞ではなく、何かを言ったような気がした。でも、片耳だけでは聞き取れない。同時に日が昇ってきたようで、心地いい光とあたたかい風を感じる。 「名前さん?」 名前を呼ばれて、はっ、と目を開ければ至近距離でわたしを覗き込んでいるタケルくんがいた。互いの時間が止まってしまう。タケルくんも、わたしも、動かない。深海のように、濃い青色の瞳がじっとわたしを見ている。彼の綺麗な瞳に閉じ込められたわたしは、一体どんな表情をしているのか。それを見ることは叶わなかった。 「起きてたんだな。寝たかと思った」 「ね、寝てないよ!」 「はは。すまない」 いつの間にか音楽は最後の大サビに入っていた。耳には確かに音楽が届いていたはずなのに、タケルくんに意識を持っていかれたせいで全くといっていいほど途中から聴いていなかった。そのことは絶対に彼には言えない。わたしに構っている間も、きっとタケルくんは歌をしっかり聴いていて、音程やリズム、歌詞のチェックをしていただろうから。 |