*6主=イザ 「きゃっ!?」 水しぶきが勢いよく上がる。水面に翼をはためかせた鳥が幻想的な雰囲気を漂わせて、見ている者の目を惹いてしまうような状況だったのなら、誰もが足を自発的に止めてその光景に見とれていただろう。しかし、湖の中に消えていったのは人間の女なのだ。一瞬の出来事で足さえ動かない。水滴が俺の髪を伝わってぽたり、ぽたり、と落ちていくのを振り切るように首を横に振って、彼女の名前を叫んだ。同時に姿を消した辺りに何かが顔を出しては、手を伸ばしているのが見える。 「大丈夫なのか!?」 「っ、イザ……あ、」 幸いにも腕を伸ばせば届く距離で、捕まえた小さな手を思いっきり引っ張った。痛さに顔を歪める彼女が分かったけれど、それよりも優先すべきは彼女の無事。命を落としてしまえば、その痛みさえもう二度と感じることもない。引っ張りあげて、湖の中から抱き上げた彼女の睫毛は寒さに襲われている恐怖というよりも、自身の生命の危機に直面し、震えているようだった。ぱっちりと瞳が開かれたと思えば、彼女の腕が俺の首に回ってきて、余りにも近い身体と彼女から薫る仄かな匂いに眩暈がする。 「イザが、」 「うん?」 密着することが決して嫌な訳ではない。むしろ役得と言えるのかもしれない。でも、喜ぶのは彼女がこうして無事に腕の中に収まってくれることだった。手の届かない場所へ行ってしまったのなら、どう足掻こうが触れることすら叶わぬ夢となってしまう。 「イザがいなかったら、わたし…!」 「俺はここにいるよ」 心臓が止まりそうな思いをさせたクセに彼女は自分の心配よりも俺を喜ばせるような言葉ばかり零す。彼女の近くには何時だって俺がいるのに。もっと自分の身を案じて欲しいと思うばかりだ。そう偉そうなことを言う俺も心のどこかでは彼女が口にするのを喜んでいるわけだけど。 「イザはいつもわたしを助けてくれるね」 「名前はドジだからね」 「ひどい!」 濡れた服から透けて見える細い紐が視界に入って、少し動揺したけれど平静を装って言葉を返す。俺が守るって、そう決意したのはいつのことだったか。心の中に留めていたはずの言葉は俺の口からさらっと出ていたようで、直にその言葉を耳にしたであろう彼女は顔を背けてしまっていた。 「………イザなんだかそれって、」 「うん?そのままの意味だけど」 「そ、そうだね!そうだよね!」 真実はこの口で言わない。だけど、もう気づいてしまった君にはくちづけを返そう。 |