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*女の子≠プロデューサー



丘の上にぽつりとある桜の木の下で、苗字は敷物を思いっきり広げた。薄いピンクと紫が風に吹かれ、まるで空の色と交わるようだった。彼女の敷いたシートに荷物をゆっくりと置く清澄の所作は、ステージの上でもそれ以外でも変わらず、無駄のない美しいものだった。茶の湯で磨かれた和の心をどんな場所でも忘れない彼らしい、といったところだ。平日であることも大きいようで、近くに人気はない。アイドルを連れ出して来た苗字は、ほっとひと安心しながら大きく息を吐いた。清澄を花見に誘った、いや、半ば強制的に連れて来たという方が正しいだろうか。知名度も上がってきている彼の姿をファンに見つかれば騒がれることは間違いないことだ。
清澄は敷物の上に正座をすると、茶を淹れ始める。苗字はそんな彼の姿を見ながら、桜の木を一周する。アイドルの撮影現場にこっそり潜入したような、そんな気分だった。花弁が散る最中、茶を淹れる横顔にシャッターを切りたくなる。そっとポケットからスマホを取り出した彼女は、清澄に悟られぬように無音でその空間を切り取る。自分が写真に撮られているなんて夢にも思っていないであろう彼は、その手を休めることはなく、ひたすら茶に向き合っていた。
風が吹く度に、桃色が何枚も散っていく。花は散っていくが、彼女の見ている光景はこの一瞬だけだ。後にも先にも、この時間だけ。今日の春の日を心に刻むつもりで、苗字は桜を見上げる。ちょうど太陽の光が木々の隙間から漏れていて、まるで天井がピンクに敷き詰められたようだった。それにもシャッターを切ったとき、清澄が彼女のことを呼ぶ。



「名前さん、お茶をどうぞ」
「あ!」
「どうかしましたか」
「九郎くん動かないでね」



苗字は持参していた林檎ジュースを鞄から取り出したあと、茶を勧めてくる清澄の隣に座る。サラサラとした髪の毛をさらに彩るかのように、桃色がひとつ。髪の毛の間に入り込むことなく、ふんわりと乗っかっただけの花弁だ。目に入った彼女は、清澄に向かって息を吹き掛ける。突然の彼女の行動に驚いた彼であったが、動かないでという指示が出ているので一瞬身体を震わせたものの、敷物に両手をついてひたすら耐えていた。何度か苗字が息を吹き掛ければ、空へと舞っていくピンクは風に乗って姿を消す。その後、ちょっぴり寒い風が吹き付けてきて、清澄の髪が春風に靡く。クスクスと笑う苗字は今の一連の流れが話題に挙がることを避けるかのように、少し寒いねと言って清澄に身体を寄せる。



「あ、あの……貴方は何を」
「気にしないで」
「私が気にしないわけがないでしょう」
「九郎くんお酒飲んでないのに酔ってるの?顔赤いよ」
「……その台詞はそっくりそのまま名前さんにお返しします」



茶を飲み、林檎ジュースを口にしながら、ほっぺたがじんわりと赤みを帯びつつある清澄をからかうように苗字は言う。しかし、静かな反撃とばかりに彼も、近くに落ちた花弁を指で摘まみながら彼女の頬を指摘する。桜の木の下で、頬を赤くしているのはお互い様なのだが。



「顔が赤いのは花に酔ったせい!」
「では、私もそのせいですね」



清澄の肩に頭を預けた苗字は、飲みかけの林檎ジュースを彼の口元へと運ぶ。二人に用意された茶はもう既になくなっていたのだ。しっとりとした苦味を含んだ茶を楽しんだあとは、少し甘酸っぱい林檎を楽しむこともまた一興なのかもしれない。



Title:誰そ彼
Image song:キラッ!満開スマイル/島村卯月、小日向美穂、佐久間まゆ、櫻井桃華、双葉杏
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