白旗の真ん中には真っ赤なハートを携えて


*女の子≠プロデューサー



目の前の巨大なケーキを見上げて、ぼんやりとわたしは辺りを見回す。両親が号泣、お兄ちゃんはスマホで写真撮影。反対側には、テレビで姿をたくさん見るアイドルたちの姿もある。FRAMEの握野さんと木村さんが彼らの一番前を陣取っていて、何か叫んでいる。わたしの手には大きなスプーン、そして身に付けているのは純白のドレスだ。わたしには結婚の予定ってないのだけれど。一人で不思議な空間のことを考えると、わたしの名前が低い声で囁かれた。



「名前、こっちを向いてくれ」



ベストを着た上に薄い灰色のジャケットを着ている彼の左胸には、わたしのドレスと同じような色の花が飾られている。スプーンに掬い取られた真っ赤な苺は、とてもよく映えている。目線が一瞬だけ交わったかと思えば、少し斜め上を見た彼はスプーンの先をわたしの方へと差し出した。木村さんの大きな声が飛んでくる。誠司さんの手作りケーキだ、と。その後に信玄どこ見てるんだ、と握野さんの笑う声が聞こえた。メンバーたちに声を掛けられる信玄さんは、一度スプーンをケーキの上にそっと置くと、彼らの方を振り返って何かを言っている。あれ、これってまさか。結婚式、ファーストバイト。わたしの頭の中にそのキーワードがまるで遠くの鐘のように響く。
今日、友達の結婚式に初めて出席したわたしは、バージンロードを歩く友人の姿を見て溜め息をついた。あの子は早く結婚するだろうなとは思っていたけれど、予想以上の早さだった。ブーケトス、名前が取ってよ、なんて言われた。まあ、取れなかったんだけどね。その代わり、結婚式で出された豪勢な食事はお腹いっぱい頂いた。
信玄さんはわたしがバイトで週に何度か行っている事務所に所属しているアイドルだ。だいぶ歳は離れているけれど、FRAMEのやり取りを見ていると頼れるお兄さんといったところで、わたしの心はあっさりと奪われていった。でも、彼は女の人があまり得意でないので、喋るのは事務的なことだけ。一般人の手の届かないアイドルだからこそ、それで良かったのかもしれない。だからわたしは妄想を膨らませるのだ。もし、信玄さんとデートしたらどうなるのかな。料理が趣味の彼ならば、素敵なカフェとか知っていそう。ケーキを作ったこともあるって言っていたし、お店のケーキをじっくり観察したり、中身を研究して作り方を考えているかもしれない。信玄さんともし結婚したら、美味しい料理を毎日一緒に作って、その喜びを二人で噛みしめることができるかもしれない。全部、わたしの夢物語にしか過ぎないけれど、そのおかげでこんな夢を見ていることになっているのだろう。



「……こ、こほん。気を取り直して、だな」
「……せ、誠司さん」



名前で呼ぶなんてわたしの頭の中でしかやったことがないから、緊張してくちびるがぷるぷると震えているのがわかる。もちろん、事務所内ではいつも信玄さんと呼んでいる。わざとらしく咳払いをした彼の姿を足元から頭のてっぺんまで、何度も見つめた。そういえば、昔、FRAMEにウエディングの仕事をプロデューサーさんが取ってきたこともあったなあ。その時の衣装姿は今でも忘れられない。こうして、また見ることができるなんて思わなかったけれど。木村さんがこっそりくれた写真は、大切に家に飾ってある。
苺にクリームが乗せられて、わたしの口元にやってくる。夢なのだから、じっくり味わうしかない。甘い香りが鼻を擽る。照れ顔をこんなに間近で見られることに感謝をしながら、もぐもぐと口を動かすと、信玄さんが瞳を細めて優しく微笑んだ。



「自分の作ったケーキの味はどうだ……?」



そんなの、ケーキを口にする前から分かっていたよ。まるで夜空の星にこの手で触れることができたような、誰も知らない、しあわせの味だよ。ああ、このまま夢から醒めてしまわなければいいのに。



Title:誰そ彼
Image song:ハニカミ!ファーストバイト/竜宮小町
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