金糸雀は三度哭く


*女の子≠プロデューサー



毎日のようにやって来る家庭教師が教鞭を執っているものの、名前の気持ちはどこか上の空で全く勉強に身が入っていない。彼女は、無造作に教師の言うことに頷くロボットのようだった。学校から帰宅したと思えば、また勉強の牢に投じられるのだから集中できるはずもない。だが、その集中力が続かないのはここ最近とても目立つようになってきていた。というのも、彼女は勉強時間が終わると道具を片付けることもなく、すぐにベランダに出て、黒の長髪で肩に目ざといピンクの何かを乗せた男を見に行くのだ。この時間であれば、必ず見ることのできる彼は、いつも高らかな声を上げ、上機嫌な様子で彼女の家の前を通っていくのである。
名前はなんとおっしゃるのかしら。名前は、今日も彼を見つめ続ける。だが、彼は一向に彼女の方に気づく気配はない。数日そんなことが続いていた名前だったが、ついにワンピースを翻す勢いでベランダを後にすると、階段を駆けて行く。使用人たちの注意も跳ね除けた彼女は大きな扉を開けると、大型犬が眠っている横を通り過ぎ、門を開いた。金属音が鳴り響いたことで、こちらに歩いてきていた彼も気づいたようである。二つの瞳が彼女を射抜くように見つめる。遠くからの姿は度々見ていたものの、こうやって面と向かうのは初めてのことだ。まるで合唱団の歌い始めのように、息を呑む感覚が彼女を包む。



「お名前を教えてくださらないでしょうか」
「む?我は、この混沌世界を漆黒で包むために生まれし闇の一族の末裔、サタンのシモベ、アスラン=ベルゼビュートU世!汝、我に何用か」
「え、えっと……お名前は、アスランさん、でよろしいのでしょうか。わたくしは名前と申しますの」
「また一人、我のシモベが増えたか」



名前を尋ねただけが、様々な言葉が返ってきて若干困惑した彼女であったが、彼の名がアスランということだけは分かった。自分の世界より遠い存在を、名前を聞くことで認めることができるようになり、嬉しく思った彼女は彼の頭からつま先までじっと見やる。随分特徴的な格好であるとは思っていたが、間近で見ると更にそれがよく分かる。アスランは自分のことを観察している彼女が興味を抱いていることに気づき、鼻を鳴らす。きっと、サタンに魅入ってしまったシモベだと思いながら。得意気なアスランはその場で高笑いをしながら、くるりと回って見せる。風に乗ってはためくマントは、まるで舞台上の人物を思わせるようだった。古き物語に登場する者、伝説に謳われる者、ただならぬ雰囲気であると彼女は感じていた。



「アスランさんは毎日ここを?」
「我は休息の後、城へと帰還するのだ。汝、我の前に立ち塞がるというのか?」
「えっ、と。ずっと見ていたのです!」
「……アーッハッハッハ!やはり、新たな魂は我らの虜となったようだ」



名前とアスランの間の会話が成り立っているかどうかはともかく、互いに名前を知り合ったことで何か繋がりが生まれたように感じているのは間違いなかった。彼女は、門の内側でハラハラしている執事を横目に、アスランに近づいていく。もっと、話をしてみたい。不思議な人だが、自分の知らない新しいことを教えてくれそうだと思った。だから、この時間だけは誰も邪魔しないでほしいと願うばかりだ。



Title:水葬
Image song:華蕾夢ミル狂詩曲〜魂ノ導〜/神崎蘭子
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