ターコイズの夏、ふたりが出会うためのあの日
*女の子≠プロデューサー
買い物に出掛けた名前は帰り道の途中で、人だかりができていることに気づいた。帽子を被ったちびっ子たちがやたらと誰かの名前を叫びながら走り回っているその場所には、老若男女が集まっている。大学生くらいの若者は、スマホのシャッターを何度も切っていた。背の低い名前は接近したまでは良かったものの、人の壁に遮られてほとんど何も見えず、人混みの確認だけで帰ろうかと方向転換をする。
「今日もワシは元気いっぱいに頑張るけぇ!」
その声に聞き覚えのあった彼女は、近くにあった高い場所から人混みの向こうを見るために階段を駆け上る。ちびっ子たちが、名前と一緒にはなまる笑顔と連呼していたのも納得がいった。
名前と同じくらいの背丈の子どもが集まる、ちょっとした高台からはピンク色の髪の毛がとてもよく映えて見える。兜大吾。それは、彼女と同じ歳のアイドルだ。彼らの事務所の中でも喋り方に特徴のある大吾は、名前が立っている方へも手をブンブンと振ってくれる。思わず振り返した彼女は、ぽっと頬を赤くして、周りの人に気づかれないようにと手で押さえる。自分のことなんて誰も見ずに、アイドルに夢中だと分かっていたけれど、熱くなった頬に触れられずにはいられない。
大画面で、はなまる笑顔を豪語した彼のことを大好きになったのは一瞬だった。真夏日に家でゴロゴロしつつ、テーブルに宿題を広げていた時のことである。適当に付けていたテレビの画面に飛び込んできたのが、あの兜大吾だ。引き寄せられるようにテレビに食いついた彼女は眩しい日差しに胸をときめかせながら、カーテンを引いた。反射して画面が見えなかったのだ。それまでは気にならなかったというのに、彼が現れて歌い始めると全くペンが進まなくなる。夏の読書感想文が兜大吾に出会った感想文になってしまいそうなくらいには心を奪われていた。アイドルのファンって、みんな、こんな気持ちになるんだ。名前はテレビで踊る彼を見ながら、そう呟いた。
各所でペンライトの明かりがキラキラと輝く。まだ昼間で、そう目立つことはないが、建物の影になっている場所は色の主張が一段と大きい。トリコロールを作ったファンのペンライトは彼らをもっと輝かせているようだった。
「ワシの全力見せてやるけぇのぉ!」
「……わたしも、大吾くんみたいになれるのかな」
どこまでも突き抜けるような声で高らかに叫ぶ彼の姿を見て、名前はぽつりと零す。将来のことを考えるように、と受験が近くなっていることを教師に散々言われてきたが、未だに自分が何をやりたいかなんて見つかっていなかった。
もし、自分がアイドルになったら。名前は目に映るステージに、未来の自分を立たせてみる。歌って、踊って、ファンのみんなを笑顔にして。大吾くんと共演できたりしちゃうのかな。隣に立つことはできるのかな。まだ、彼女にとっては夢物語でしかないが、自然と未来の形が定まっていくようだった。いつか、彼の前に立って、初めましてと言えるのかな。子どもは無限の可能性を秘めているというが、名前だってその中に入っている。未来を切り拓いていくのは彼女次第であるし、名前の道は決められたレールの上を行くものではない。目を瞑って、兜大吾というアイドルが目の前にいることを想像する。胸が高鳴ったのが自分でも分かった。目を見るなんて、とてもではないが出来ないかもしれないと思った。だが、目を合わせられたら、もっとこの胸のドキドキが加速して、新しい自分と出会える気がした。
「……みんな、ワシから目を離したらダメじゃけぇの」
Title:誰そ彼
Image song:トキメキの音符になって/箱崎星梨花