積もり積もって花となれ
*女の子≠プロデューサー
普段と違う格好は、不思議と心を踊らせる。着付けの終わったわたしは、大きな鏡の前でくるくると回っていた。前後左右どの方向から見ても表情を変える着物は、あまり目立つことのないわたしを輝かせてくれるものだった。背景に花道、小道具に和傘なんて持っていたら映える写真が撮れるのだろうか。
こんな貴重な体験をさせてもらえるのは、あるイベントに思い切って応募してみたからだった。着物を扱う店舗が記念として、モデルを募集し新作着物のお披露目会を行うというのだ。インターネットで応募していたのを見つけたわたしは、画面に大きく出ていた大和撫子に惹かれるように応募のボタンを押していた。もともと応募してきた人数も少なかったのもあり、見事このイベントへと参加できることになったのである。当日にはスペシャルゲストと撮影会もあるとのことで、胸をときめかせないわけがない。スペシャルというからには、きっとテレビで毎日姿を見るような人が来るのだろう。着物、着物といえば、誰がいるかな。
「苗字さん準備お願いしまーす」
「はい!」
気合いの入った声に自分でも驚いたのは、日頃聞かないような声が出ていたからだ。自分の声に驚くなんて面白いこともあるんだなあ。小さく笑い声を零すわたしは、ゆっくりと足を進める。自然と狭まる歩幅は、奥ゆかしさを醸し出すと雑誌に書いてあったことを思い出す。日常生活で忘れがちな和の心、そして慎ましさを意識して身体から散りばめ、人を魅了するのは難しい。本番前に何度か打ち合わせがあった時に、いろいろとアドバイスをしてもらったことを心の中で繰り返しながら、わたしはカメラの前に立つ。軽く肘を曲げてほんの少し袖の中に引っ込めると、たおやかさを出せる、なんてことも言われたっけ。
わたしが頭の中で描いていたような風景が一面に広がっている。石段に、着物に負けないくらいに咲き誇る花に。カメラマンさんの横に立っている女の人が、わたしへ紅に染まった和傘を差し出す。
「あら、緊張しているの?」
「……華村さん!思ったよりも早い到着でしたね」
「前の仕事が早く終わったのよ。アタシ、どこに立ったらいいかしら?」
「早速入ってもらえるんですか!」
「うふふ、任せといてちょうだいな」
ザワザワとモデルや店の人たちが騒ぎ始めたのは、この場にさらりと現れた彼が原因だった。もしかして、今日のスペシャルゲストって華村翔真なの。画面を通して見ている彼が、目の前で喋って動いていることが未だに夢でも見ているかのようだった。ふわりとした綺麗な金髪が風に吹かれて靡いている。男の人なのに、色気たっぷりの彼はプロデューサーらしき人と会話を交わしたあと、わたしの方へ近づいてきた。その姿はわたしが受けたアドバイスだけでは到底辿り着けないものだと痛感した。たった一日で振る舞いを変えるなんて無理なことだ。毎日の積み重ねは、本物を磨き上げる何よりの経験値であることがよく分かる。わたしがいくら気をつけても、それは一時の所詮、偽者でしかないのだ。プロの目は誤魔化せない。
「あの、苗字名前です!今日はよろしくお願いします」
「名前ちゃん、強張りすぎよ。もっと肩の力抜いてね」
「……は、はい」
石段の上でポーズを取るわたしは、既に自分がぎこちない動きになっていることが分かっていた。華村さんに言われたように、硬くなってしまっていた身体をなんとか解そうとするけれど、全然うまくいかない。カメラマンの目に、写真に、どんなわたしがいるのだろうか。緊張を隠しきれない不自然な姿を晒し続けるわけにはいかないのに。
ふう、と溜め息をついたわたしは石段を下りて、和傘を開くように指示される。前半はうまくいかなかったけど、後半は取り戻すぞと変に気合いを入れ直したのが悪かったらしい。数段しかない石段から、足を踏み外す。あっ、と声を上げたときには良い香りとがっしりした何かに包まれていた。着物を汚さずに済んで本当に良かった、と思って顔をそっと上げれば、瞳に引かれた真っ赤なラインが目に入る。細められる瞳に吸い込まれてしまいそう。そして、魅了されて身体の自由を奪われてしまったような感覚がわたしを襲う。蕩けてしまった脳は、指示の信号を身体に伝えることができないのだ。ふふっ、と彼のくちびるから笑い声が漏れる。もう、着物だとか撮影のことは一瞬で吹っ飛んだ。体勢を崩したわたしは、華村さんに抱き止められたあと、そのままゆっくり一緒に石段を一段ずつ下りた。
「名前ちゃん、気をつけてね?大事なモデルさんなんだから」
「はっ、華村さん、助かりました……すみません!」
「せっかくの大和撫子、崩すわけにはいかないからねえ」
すっかり心酔してしまっていた自分に気がついて、お礼と謝罪を述べれば華村さんはわたしの手を引いてくれる。こうやって歩くのよ、彼の実践を目の当たりにしながらそれを真似る。和傘の魅せ方まで教授してもらったわたしは、本当に贅沢者だった。そのおかげで、心の中に華を植え付けられたような、そんな気分に撮影後も酔うことになるのだけど。
Image song:命燃やして恋せよ乙女/宵乙女