真夜中をはんぶんこ


*女の子≠プロデューサー



鏡の前で洋服を取っ替え引っ替えして、何分が過ぎたのだろう。一日着ていく服にこんなにも悩むのは初めてのことかもしれない。普段は制服だし、土日は部活のジャージだから普段着に腕を通すこと自体も久しぶりだった。目を瞑れば、数時間前の出来事が甦ってきて、胸の辺りを擽る。余裕を見せていたつもりだったけれど、彼にはどう映っていただろうか。返事は明日するから、なんて言って帰って来ちゃった。というのも、わたし以上に相手が緊張しているのが分かっていたから冷静になれたのだ。わたしの方が恋愛事に強いってことが分かったのも収穫かもしれない。普段あんなに真面目でストイックなのに、可愛い一面も持っていたのだ。その場で返事もできたけれど、告白された余韻に浸りたい。だって、さっきも言ったけど、あの人が、あんな風に言うなんて誰も思わないじゃない。連絡先も交換しているから、メッセージや電話でも伝えることができるけれど、そんな選択肢は端からない。わたしが、直接返事を伝えて、不安な色を見せていた瞳を、表情を変えてあげたいのだ。ああ、今日はなんだかとってもいい夢が見られそうな予感。







待ち合わせの場所からちょうど見えないところで様子を伺っていると、タケルくんが走ってやって来るのが見えた。腕時計を確認すれば、約束の時間ぴったりを示していた。緊張しているのか、髪の毛をしきりに触ったり、服を正したりしている。デート、とか初めてなのかな。辺りをキョロキョロ見回しているのは、きっとわたしのことを探してくれているんだ。約束の時間から何分か過ぎるのを待っているのは、ある理由を作るため。
タケルくんの背後からそっと近づいていって、彼の名前を呼べば予想通りに振り向いてくれる。ゆっくりと伸ばしていた指が、彼の頬にぷにっと当たる。マニキュアの塗られた指先に固まったタケルくんは、わたしの手首を掴んだ。



「時間通りに来ないから……何かあったのかと思った」
「ごめんね」



心配しているようで、ほんのちょっぴり怒っているタケルくんは可愛らしい純情な少年だと思った。そんな表情をされてしまうと、約束の時間からわざと遅れてきたみたいに悪戯をどんどん考えてしまう。謝ったわたしに、何もなかったから別にいい、と顔を背ける彼。タケルくんの視界に入るように、ぐるりと回り込んだわたしは咄嗟に彼の手を掴む。触れただけなのに、頬に赤みが広がるのはわたしのことを本当に意識してくれているっていうことでいいんだよね。



「遅れたお詫びに」
「……名前さん」
「ねね、行こうよ」



タケルくんのことだから、今日に備えて周りの大人に相談したに違いない。彼はそういう人だ。どんなことでも手を抜かずに、真っ直ぐな努力をする人。返事を今日するつもりなんだけど、このタイミングじゃないかな。繋いだ手が強張っているのだもの。もう少し自然に繋げるようになったら、昨日の返事をさせてね。







アイドル活動が忙しいタケルくんとは会えない日々が続いていた。告白された日や返事をした随分前のことを思い出しながら、わたしは一枚の写真を手に取った。写真を撮ることを提案すると、予想通りの答えが返ってきて思わず笑ってしまったっけ。写真は得意じゃない、ってね。ぎこちない笑顔でわたしの隣に立っているタケルくんだけれど、最近撮った写真の表情はわたしに可愛いという感情を持たせなかった。それよりも心臓を掴んで、思わず息を呑んでしまうような、雑誌の表紙に載っているような表情をするのだから。可愛い笑顔も好き。でも、こんな風に切なげでかっこいい表情もできるタケルくんも好き。
日付が変わったことをスマホが知らせる。明日は朝早くから大学の講義があるので、そろそろ眠らなくてはいけない。何事にも真剣に取り組まないと、彼の隣にいることが恥ずかしくなってしまうから。万全の状態で、全てのことに挑めるようにしなくちゃ。ベッドに潜り込んだわたしは、暗闇の中でたった四文字だけを打ち込む。おやすみ、そのメッセージに込められた想いが全て伝わってしまえばいいのにな。好きだよ、会いたいよ、頑張ってね。充電器を差し込んだスマホを耳元に置いて、わたしはゆっくりと目を閉じる。目覚ましもセットしたし、簡単な朝食も用意してある。そこまで考えたところで、スマホの通知音が鳴る。えっ、と飛び起きて画面を明るくすれば、おやすみの四文字だけを送った相手からの返信だった。明日は早く仕事が終わるから会える、タケルくんらしく用件だけ簡単に纏められたその言葉だったけれど、やけに嬉しかった。



Title:ジャベリン
Image song:明日また会えるよね/la Roseraie
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