地球の片隅で呼吸する
*女の子≠プロデューサー
公園の子どもたちがサイレンの音を聞いて、一斉に家へと帰っていく。顔を覗かせた夕陽がまるで見守るようであった。伸びる電線に止まっているカラスたちは、自分たちの存在を知らしめようと大きな声で鳴き始める。そんな中、人目を引くような大豪邸の扉を開けたのは、そこに住んでいるお嬢様であった。庭に設置されている噴水を横目に、彼女は門を開け、外の世界へと消えて行く。豪邸といっても、普段は恐ろしいほどに静かな場所であり、近所の人間たちの中で、夕方から夜にかけて活動を行う屋敷の人間はヴァンパイアではないかと噂されていた。ヴァンパイアが実在することを信じている人間はいないものの、その噂はまたたく間に広がり、不思議と根付いてしまったのである。
黒い傘をさしたお嬢様はカラカラに乾いた喉を片手で撫でながら、辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていく。日の光に当たらないためか、なるべく肌を晒さない格好である。そこでふと、彼女の目に、赤色の何かが目に止まる。その瞬間に彼女から、ふふっと笑い声が漏れる。小道に入って行く赤を追いかけるように、彼女の足が速まっていく。建物や木の陰になったその道は、夕陽を遮ってしまっているため、黒の占める割合が大きい。時折聞こえる猫の鳴き声が何度目になったか分からないが、お嬢様はその赤の背中に声をかける。
「ねえ」
近隣の住民は彼女の声を聞いたことがなかった。彼女の屋敷を訪問しても、出てくるのは使用人たちだけである。女性たちの中でも高めに分類されるであろうその声に気付いた人間は、肩を震わせた。赤の正体は、紅井朱雀。外の世界に疎いお嬢様は彼がアイドルだということさえも知らない。ただただ、直感でピンと来た彼の背中を追いかけてきただけである。
朱雀はというと、声質からして女性が声をかけてきたことにすぐ気付いていた。アイドルになってからというもの、女性との接し方に関しては努力してきたが、そうすぐに変わるものではなく、まだまだ経験値が足りないといった様子である。振り返った朱雀の前で、傘を閉じる優雅な所作を見せた彼女がウインクをした。
「……お、おう」
「名前と申しますの」
「オレは、紅井朱雀……人呼んで爆炎の朱雀だ!」
「朱雀さんとおっしゃるの」
「そ、そうだぜ」
名前の足が一歩、また一歩と朱雀に近づいて行く。まるで敷かれたカーペットの上を歩くような様は、女優を思わせる。身体は小さいものの、雰囲気や存在感はとても大きく、朱雀は息を吐く。名前を知られていないということはファンではないのだろうが、チャンスといえばチャンスなのだ。紅井朱雀というアイドルの知名度アップに繋がるかもしれない。朱雀は、なんでも一生懸命であれこれ考えるよりは行動が先の人間だった。だからこそ、その考えに辿り着いたのかもしれない。
名前は、朱雀が息を吐いたことに気づいて、彼女もくちびるを窄めて真っすぐな息を吐き出す。緊張しているのかしら、この子は可愛い男の子ね。小さな笑い声にはそんな意味が含まれているようだった。
「朱雀さんは何をされている方かしら」
「……っと、アイドルだ!」
「あら、アイドル……なんて美味しい響きなの」
「食べられないぜ!?」
「……うふふ、こちらの話ですの」
朱雀はいつの間にか詰められた距離に動けずにいた。名前と朱雀、互いの背中には道がずっと続いていたはずだったが、今、朱雀の後ろには道などない。建物が大きく聳え立っており、逃げることを許されないかの如くであった。
目の合った朱雀が見たのは、暗闇の中でルビーのように光る瞳だ。自分のトレードマークである朱のような赤ではなく、宝石の色に近い赤である。彼がその瞳から逃げるようにふと見上げた空には、欠けた部分のない月が輝いていた。ごくり、と喉を鳴らしたのは一体どちらかなんて誰も分からない。
Title:ジャべリン
Image song:きゅんっ!ヴァンパイアガール/星井美希、四条貴音、我那覇響