きみがさいごにほしがったもの


*女の子≠プロデューサー



触れてはならない。その言葉が少年の手足を錆びた鎖でまるで踏み出すことを繋ぎ留めたようだった。身体を動かす度に彼の耳を擦れた金属音が支配する。何度も引っ張ったせいで肌には血が滲んでいた。ベッタリと塗り付けられた紅は、鎖さえも変色させそうである。夢の中でも魘される少年はある時、瞳を大きく開いて牢の中から外を眺めた。遠山の頂上に、満月が煌めいているのが分かる。自分が求める愛が、例え禁断の物だと言われても構わない。想いが成就しなかったとしてもいい。ただ、この愛を彼女に伝えたい。
グッと入れた力に、耐え切れなかった鎖が音を立てて壊れゆく。傷ついた身体は、雁字搦めを破った何よりの証拠であった。精神的苦痛も酷いというのに、少年の身体はふわりと軽やかに浮く。僅かな隙間を潜り抜け、一直線に走り出した彼はもう止まることを知らない。目指すは、ひとつ。聳え立つ城の一角である。もう、彼を縛る枷などないのだから。
ボロボロの服は最早身を守るというよりも、ただ纏っているだけのひときれの布のようになっていた。今時の若者のように洒落た服装など興味はない。自分自身を見てくれたあの女の元へ辿り着くことだけが少年を生かしていると言っても過言ではなかった。酷い傷も忘れさせるように城の壁を上っていく彼は、見張りの目を欺き、ある一室の扉に立つ。ノックもすることなく、乱暴に開けた扉の奥には少年とは打って変わって、頭から足の先まで着飾った女がベッドに座り込んでいるではないか。言葉を発さず、足を進めた少年は、彼女の肩を抱いてそのままベッドへと沈ませる。彼女の正体は、一国の姫であった。キラキラと輝く指輪を外させ、イヤリングを引っ張り、グッと押し付けた少年の唇は近くに生けられている薔薇よりも赤く見えた。彼女はシーツを掴んで、彼の熱いそれに応えるためにひたすらに身を委ねる。目の前の男と結ばれることに対する背徳感が、余計に彼女の心を燃え滾らせた。
城の兵士たちに気づかれない逢瀬は、一夜限りのものかもしれない。それは少年も姫も充分に理解していることであった。だが、後悔などないのだ。ドレスを剥ぎ取った少年は、牙を光らせたかと思えば、彼女の胸元に噛み付く。それがどんなに痛みを感じさせても、声を殺した彼女は彼の背中に手を回す。声を出せない代わりに爪を立てる。その痕は皮肉にも綺麗な直線だった。胸元の噛み痕も、背中の爪痕も一生消えなければいい。
開けっ放しの扉の夜光が段々と薄れてきても、彼らの行為は続く。ひたすらに身体を寄せて触れ合う。身体全体で抱きしめ合って、指を絡ませて、唇をくっつけて。もう二度と触れられないかもしれない、その不安が二人を襲っても運命はそう簡単に変えられないのだ。朝日が差す頃には、今夜の秘め事を全て消し去ってしまうのだから、ただ今だけは許して欲しい。少年の呟きは声にならない。夜啼き鳥が寝静まるその時まで。







「漣、お疲れ」
「あんなのオレ様にかかれば余裕だからな、くはは!」
「そうか。よく頑張ったな」
「あの、牙崎さん!」
「はァ?」
「これ、よかったら」



道流と漣の会話に入ってきたのは、ドラマ撮影を終えて着替えを済ませた名前だ。漣の相手役を務めていた女優である。彼女は差し入れをわざわざ漣の元へ持ってきてくれていたのだった。パッと奪い取ったジュースを漣は一気に喉の奥へと流し込んでいく。その様子を見ながら、名前は小さく笑う。一見怖いイメージのある漣だが、ドラマの撮影を重ねていく中で優しい面も発見していた彼女は、彼に対して臆することなく接するのだ。道流にも一礼をすると、くるりと背を向けてその場を去って行く。



「漣、何か言わなくて良かったのか?」
「……チッ」



廊下を走って行く漣の姿を微笑ましそうに眺める道流は、次はタケルを迎えに行くかと、彼とは違う方向へと歩いて行く。今日はユニット三人がバラバラでの仕事だったのだ。もうすぐ終了予定時刻であることを頭に入れている道流に抜かりはない。
さあ、漣が名前の腕を捕まえるまで、あと少し。



Title:ジャベリン
Image song:絶険、あるいは逃げられぬ恋/菊池真
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