真っ暗なそこに届く光を数えながら、君と歳を重ねたい


*女の子≠プロデューサー



この季節には少し早い寒波が街を襲う中、電話で呼び出された場所をわたしは訪れていた。突然の着信音に驚いた上に、今日伝えたいことがあるなんて電話の相手が言うから。ひどく緊張した身体が、震える。寒さだけがわたしの身体を震えさせているのではないのだ。消えかかったイルミネーションの下、ひとりで彼を待つ。平日の夜、行き交う人々はそれぞれ家を目指して姿を消していく。足を止めてスマホの画面と睨めっこをしているのはわたしくらいだ。



「星が綺麗だね」



ふんわりとした口調で言葉を発したのは、わたしを待たせていた張本人だった。小走りで来たのか、ちょっぴり息が荒い。でも、すぐに呼吸を整えることができる辺り、さすが体力勝負も必要とされるアイドルだなあと思った。柏木翼はわたしの幼馴染で、一度パイロットになったものの、色々とあって今のアイドルの道を選んだ。その選択にわたしが口を出すことはない。彼の決心を鈍らせるようなことはしたくないもの。
隣に並んだ翼の横顔を見て、そのまま彼の視線を辿って空を見上げる。翼はどうして急にわたしを呼び出したのだろうか。仕事の忙しさは互いに理解しているから、いつも会う時は早くから予定を立てたりする。だが、今日は違うのだ。仕事の終わった直後にタイミング良く電話がかかってきた。翼も仕事が終わったばかりだったらしく、偶然にしては出来すぎだと感じるくらいである。小さな光が幾つも泳ぐ夜空から目線を落とせば、こちらを向いていた翼が蕩けてしまいそうなくらいに優しい顔をしていた。ニコニコと笑う翼とはまた違って、どこか大人っぽい彼の微笑み。同時に胸を締め付けられたのはわたしの方だ。どうして、そんなに切なそうな顔をするの。



「名前、突然呼んでごめん」
「ううん。仕事終わって帰るところだったからいいよ」



見つめられた瞳の中で、星に負けないくらいの光が踊っている。まるで彼の瞳の中に、夜空が広がっているように思わせた。その光は翼の瞳を潤し、しっとりと濡らす。わたしの吐いた息が、空気を白くした。声を掛けようとしても、言葉が出てこない。大きな優しい瞳が溢れ出す雫に手を伸ばすことさえ、できなかった。突如泣き始めた翼に戸惑うわたしを見て、彼は小さくもう一度、ごめんねと言葉を綴った。



「オレ、ずっと不安だった。名前が今のオレを見てどう思っているかって」
「……不安?」
「いつ会っても、翼はアイドル頑張ってるねとしか言わないから」
「うん」
「……本当はどう思っているか、なんてオレには分かるはずもないのに、ずっと怖かったんだ。もしかしたら、心のどこかで別の気持ちを持っているかもって」



首を振ったわたしは、無防備な翼に飛び付く勢いで両手も身体も全部ギュッと抱きしめる。幼馴染としてこんなにも一緒にいるから、互いのことなんて分かりきっていると思ったのだ。でも、翼は違ったらしい。



「……わたしは、翼のことをいつも応援している幼馴染だよ」
「うん、そうだよね。ごめんね、名前を疑って」
「いいの。幼馴染でも、ちゃんと伝えることって大切だもんね」



背中に回ってくる翼の腕が少し震えているのが気になったけれど、わたしはその状態のまま会話を続ける。翼のこと全てを分かってあげられる人間にはなれない。でも、翼のことを理解しようと努力する人間になれるよ。ほら、いつも夢を描いていた大好きな空は、翼が何をしていても常にわたしたちの上にあるんだよ。だから、そんなに怖がらないで。
どのくらいの時間、身体を寄せ合っていたのか、わたしたちには分からない。けれど、人の足が減ってきたのは目に見えて分かる。月の位置だって、だいぶ動いていた。泣いても、笑っても、明日はやってくる。逃げることは叶わないのだ。



「翼、もう大丈夫?」
「……情けないとこ見せちゃったね」
「それも含めて、翼でしょう。ね?」
「うん……あと、オレから伝えたいこと、もうひとつあるんだけど、いいかな」



翼の綺麗な瞳が閉じられて、睫毛が揺れる。目を閉じて深呼吸をした翼は、また違う顔を覗かせる。アイドルでもなく、幼馴染でもない、そんな表情で。瞳を左右に彷徨わせたあと、彼は二度、三度と口を無意味に開いたり閉じたりを繰り返した。翼、名前。わたしたちの声がぴったり重なる。次に続くはずの言葉を飲み込んだわたしと違って、彼は思いを口にした。その言葉に隠れた本当の意味を、理解できないわけがない。それに最初の翼の言葉と繋がるものがある。季節外れの白の粒が、空からゆっくりと舞い降りてきた瞬間だった。



「もう、幼馴染やめたいんだ」



Title:誰そ彼
Image song:瞳の中のシリウス/四条貴音、高坂海美、徳川まつり、宮尾美也
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