狼の爪は幾つもハートを引っ掻いて
*女の子≠プロデューサー
「しろうくん、なにかいてるの〜?」
事務所の机で宿題をしていた三人は、休憩時間にプロデューサーがくれた菓子をつまむ。ビスケットを口に詰め込んだ志狼は、熱心に一枚の紙と向き合って鉛筆を動かしていた。書いては消し、消しては書き。その動作を繰り返す彼の文章はなかなか進まない。かのんの言葉で、直央も志狼の方をじっと見つめる。やがて、二人に見られていることに気づいた彼は散らばった紙を掻き集めては、見るなよ、と照れを隠すように叫ぶ。テーブルには折り目のついていない花柄の便箋が一枚だけ残っており、書き崩したであろう紙は全て志狼の手の中でぐしゃぐしゃになっていた。ビニールに包まれたままの封筒も、普段の彼からは想像もできないデザインで、かのんはクスクスと笑う。
「かのん、分かっちゃった」
「え、かのんくん分かったの?」
「うん。しろうくんは、ラブレター書いてるんでしょー?」
「そ、そうなの!?」
図星だった。ラブレターという言葉を出された志狼の顔は、どんどん赤くなっていく。反論のしようもないようで、そのまま黙り込んだ彼は持っていた紙をテーブルに雑にばら撒く。すきです、と書かれた文字を見つけた直央はその紙を丁寧に伸ばしていった。かのんは、文章の欠片を掻き集めて、こんな風に書いたらどうかと提案を始める。林檎にも負けないくらい、頬を染め上げた志狼は素直に彼らの言葉を聞きながら、また文章と向き合った。もふもふえん三人でラブレターに一生懸命の志狼の気持ちを乗せていく、そんな様子をこっそり覗いていたのはプロデューサーである。そのうち、かのんがプロデューサーにも手伝って欲しいことを伝えに行くため、結局は四人で考えることになったのだが。
自転車に乗って坂を下っていく志狼は、自分のソロ曲を口ずさむ。将来の自分を見据えたこの曲は本人もとても気に入っていた。適度にブレーキを掛けながら、太陽の下を走る彼の口から零れるそのメロディーはいつの間にか、同じ事務所のアイドルのラブソングへとすり替わる。道のりの途中で歌い始めたこともあり、目的地である公園に到着してもまだその歌は続く。ベンチに座ろうと思っても、ソワソワした志狼は砂場を無意味にぐるりと回ってみたり、ジャングルジムのてっぺんに立ってみたり、凄まじいスピードになるようにブランコを漕いだ。それでも、普段通りの彼にはなれない。自信たっぷりの勢いのある橘志狼はすっかり影を潜めてしまったようなのだ。ベンチに座り込んだ彼は、ゆっくりと深呼吸をする。マスキングテープで可愛く彩られたラブレターを大切そうに持って。
回りくどい言葉など、もふもふえん三人にはないのだ。ただ一直線の言葉を志狼は自分の精一杯の丁寧な字で綴った。今まで使っていた芯の太いボールペンではなく、細めのボールペンを滑らせて。となりで同じことをしてみたい。手をつないだりしたい。それは、こい、でいいんだよな。オレは、名前さんがすきです。手紙にしたためた想いを志狼はぼんやりと思い出す。
「志狼くん、待った?ごめんね」
「ま、待ってない!」
「今日はどうしたの?」
ベンチから飛び降りた志狼の前に姿を現したのは、近所の学校に通う女子高生である。名前は自転車を押しながら、首を傾げる。両手を背中に回した志狼は、彼女に見えないようにラブレターをそっと隠した。両手で支えているのに、ブルブルと震える。火照った顔を冷ます方法など、彼は知らない。地面を踏みしめているつもりだが、志狼の足音はどこか浮いたように聞こえるのであった。名前さん、彼が名前を呼べば、彼女はにっこりと笑って腰を折る。名前と目線が合った志狼の心臓は、もっと大きく音を立て始めた。言わなければならない言葉をあと少し、押し出すだけだ。一瞬食いしばった彼は、大きな声で叫ぶ。
Title:誰そ彼
Image song:ラブレター/ピンクチェックスクール