だからそういうのを、ずるいって言うのよ
*女の子≠プロデューサー
学校で使っている文房具がなくなりそうに気付いたわたしは、日曜日、電車に揺られて街を目指していた。人と会うわけではないけれど、外に出るわけだから気合いの入った服装に自然となっている。改札口を過ぎて駅構内を出ると、帽子を軽く被っているわたしの目を眩しい日差しが眩ませる。日焼け止め持ってきたかな、と鞄を漁り始めた隣をすっと通り過ぎて行く人に気づいたわたしは思わず顔を上げる。
思わず、奇跡だの、チャンスだの、偶然の出来事に大きなひとりごとを零しそうになったけれど、両手で口を塞ぐ。あの後ろ姿は間違いなく、若里春名先輩。ぐっと帽子を深く被ると、彼に気付かれないように追いかけ始める。躊躇なんてそこにはなかった。まるで自分が探偵になって、尾行しているよう。先輩のプライベートを覗けると思ったら、足が止まらない。心臓はドクドクと煩い。日焼け止めの代わりに取り出した伊達眼鏡をそっと掛けると、ちょうど死角になる場所から様子を伺った。
ヘッドホンを装着した先輩は、瞳を閉じて流れてくる音楽に耳を傾けているようだった。瞳を瞑ってもあの綺麗な顔って、ずるい。皆がキャーキャー言うのもよく分かるし、その不特定多数の一人だ。わたしは。先輩が立ち去るタイミングを見計らって、どんなアーティストを聴いていたのかチェックしなきゃ。
次に先輩が立ち止まっていたのは本屋だ。新刊の並ぶコーナーでキョロキョロと何かを探しているようだったけど、その手にある漫画本が飛び込んでくる。あっ、それ、わたしも大好きな漫画。しかも今度アニメになるって重大発表が随分前にあったやつだ。そろそろ始まるはずだけど、先輩も観るのだろうか。もしかしたら、その話が共通の話題にできるかもしれない。ただ、ひとつ問題があるけど。それは大きな高い壁だ。わたしは春名先輩と一度たりとも話をしたことがない。大問題である。どんな風に話しかければ、先輩は応えてくれるだろうか。ハイジョの話かな、やっぱり。
ドーナツ屋さんに入って行った先輩は、店員さんも驚愕の表情を隠せないほどの量のドーナツを注文して席に着いた。ドーナツ、ひとりであんな量を食べるんだ。店員さんと同じくらい驚きながら、自分の食べたいドーナツを探す。そこで、ようやく思いついたことがあった。そうだ、春名先輩に同じ学校ですって言って、おすすめのドーナツを教えてもらおう。根拠なんてこれっぽっちもないけれど、いけそうだと思ったわたしは先輩の座っている場所へと足を進めながら、帽子を取り、眼鏡を外す。もう変装は必要ない。今のわたしに必要なのは勇気。それだけに違いない。
「先輩!」
「……どうかした、探偵さん?」
「えっ」
「気づいてないとでも思った?シキと同じクラスの名前ちゃん」
「まっ、まさか四季くんわたしのこと喋って!?」
「ふふん。とりあえずドーナツ食おうぜ」
先手を思いっきり取られた。四季くんにはあんなに言わないでねって念を押しておいたのに。でも、四季くんのおかげですんなり事が進みそうな気もする。むしろ感謝をするべきなのかもしれない。先輩の目の前の椅子に恐る恐る座ると、別に取って食うわけじゃないんだぜ、と笑われてしまった。何も返せずに黙り込む。ドーナツのおすすめを尋ねるはずだったのに、きっと春名先輩のおすすめはお皿に盛大に乗っているこれら全部なのだ。きっかけは作れたけれど、これからの話はどうすればいいのだろう。四季くんはわたしが春名先輩をどう思っているか、その部分も話してしまったのか。女子高生には、まだまだ探偵は務まらないようだ。
もう、あれこれ考えずに気持ちを暴露すべきなのかな。そう思い始めたところ、ウインクを飛ばす春名先輩がストロベリードーナツをわたしの開かれた口の中に詰め込む。召し上がれ、そう言いたげな表情で見つめながら。
Title:誰そ彼
Image song:DETECTIVE HIGH! 〜恋探偵物語〜/双海真美