とても全部は言葉にできないけれど


*女の子≠プロデューサー



学校帰りに雑貨屋に寄ることが日課になっていたわたしは、今日も部活が終わった後、閉店間際に駆け込む。閉店時間が迫っているところに入ってくるのはもしかしたら、店員さんたちにとっては大変迷惑かもしれない。それでも、毎日の小さな楽しみだから許してほしい。
店先には入荷されたばかりの新商品が並んでいて、最初に目に止まったのは落ち着いた柄のレターセットだった。不思議と手が伸びていって、気づいたら購入することを決めていた。別に手紙を誰かに書く予定があるわけではないけれど、こればかりは直感だ。今すぐ使わなくても、そのうち使うかもしれないし。ウサギの置物、フレークシール、壁に掛けられた商品から、綺麗に陳列された色鮮やかなノートを一通り眺める。手にはしっかり先程のレターセットを持って。雑貨の並ぶ棚を行き過ぎると、一番奥にはいつもの店員さんが座っていた。名札に書かれているので名前は知っているけれど、必要な会話しか交わさないので彼がどういう人かは詳しく知らない。



「あれー?」
「え!」
「これ買うのー?」
「は、はい」
「これ店に置くの僕が選んだんだー、なんていうかありのままを表現していていいなあと思ってねー」
「空の色だから、でしょうか?」
「空って、ありのままを出しているような感じあるもんねー」



どうやら北村さんがこの商品を選んで店に置いてもらったらしい。いつもは真面目で少し堅く感じるくらいの会話だったから、突然で驚きはしたものの、彼と話ができたことが嬉しかった。袋にレターセットを包む北村さんの手先は慣れたように、無駄な動きがひとつもない。アルバイトさんだとは思うけれど、この店で一番包み方が綺麗なのは間違いなく彼だと思う。毎日通っているわたしは、雑貨屋の店員さんを完璧に知っているから。
財布を鞄から取り出すと、北村さんがレターセットの値段をもう一度言ってくれた。小銭を探して財布の中に指を突っ込んでいると、彼は閉店時間過ぎちゃったなー、と独り言のように零す。もちろん、わたしに向かって言っていることをすぐに把握した。でも、それは余計にわたしを焦らせて、一円玉や十円玉を何枚手に取ったのか分からなくなってしまった。ガラス皿の上に、音を立てて落ちていく小銭を目で一生懸命追って数えていると、北村さんがクスクスと笑う。



「ぴったりだねー」
「……ご、ごめんなさい!時間かかって」
「はい、ありがとうございましたー」



袋を手渡してくれた北村さんは、外に出ようと入り口に向かうわたしの後をついてくる。アルバイトの時間もすっかり過ぎてしまっていて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。店から少し離れたわたしは、外に置いてある看板を北村さんが片付けている様子をしばらく眺めて、彼がこっちに気が付いてくれるのを待つ。もう一度、謝罪をしたいと思ったからだ。白と黒の髪の毛が、風でふわりと揺れる。どこか冷めたような瞳がわたしを見た。頭を下げなきゃ、と思った瞬間に北村さんはわたしに向かって小さく一回だけ手を振ったではないか。思わず振り返してしまって、当初の目的を見失っている間に彼は姿を店の中へと消してしまう。掴むことのできない、不思議な人だった。







授業中、窓際のわたしはぼんやりと空を眺める。北村さんとあれから会話をするようになって、相変わらず毎日通っていたら突然姿を見ることがなくなった。そう思ったのも束の間、次に彼の姿を見たのはテレビの芸能ニュースだった。北村想楽という雑貨屋の店員さんはどういうわけかアイドルになっていたのである。次の日には音楽番組で歌を披露しているのを見た。わたしはすぐさま、北村さんに会計をしてもらった時に買っていたレターセットを広げて、インターネットで手紙の送り先を調べる。わたしは一体、北村さんに何を書こうとしているのだろうか。偶然、彼が選んだというレターセットを買って、話をしただけなのに。書きかけの手紙は教科書の間に挟まれたままだ。
彼の歌を聴いた感想を書いて、あの日のことを書いたら、もう封をして郵便受けに投函するだけなのに。まだ手紙を終わらせたくないのは、どうして。新しい事を知ってしまうと欲張りになってしまう。アイドルになる前の北村さんを知っている人なんて、そんなにたくさんいないはず。北村さん、わたしのこと覚えていてくれるよね。アイドルに不特定多数のうちの一人を覚えてもらうなんて、現実にはあり得ないような夢を描いているのは、きっとわたしがあの雑貨屋で北村さんに魔法をかけられてしまっているからだろう。手が届くはずもないのに。北村さんがアイドルになるよりも、随分前にわたしは彼の魔法にかかっているのだ。



Title:さよならの惑星
Image song:魔法をかけて!/秋月律子
ALICE+