ハートマークの視線に気づいてダーリン


*女の子≠プロデューサー



秋山は突然ひんやりとした感触に襲われて、その原因であろう空を見上げる。地面目掛けて、空からぽつりぽつりと雫が降ってきた。天気が崩れるという予報を検索しておいて良かったと思いながら、綺麗に束ねていた傘を開く準備をする。留め具を外せば、パサっという音と共に明るい色が広がっていく。
隼人くん、と言う声に彼は傘から目線を上げる。手を振って走ってくるのは秋山よりもひとつ年上の女子高生だ。苗字は、ひらひらとさせる手とは逆の手を頭の上に乗せて、小気味よいリズムを奏でる。秋山は、そんな彼女の持ち物の中に傘がないことにすぐに気がついていた。だが、しっかり者の彼女のことであるから、てっきり折りたたみ傘を鞄の中にでも入れてあると勝手に思っていた。



「名前さん、傘早く出さないと濡れちゃうよ」
「……持ってないの」
「え!」



まさかの返答に驚愕する秋山であったが、次第に強くなってくる雨足に傘を開く。あの、どうぞ、と小さな声に苗字はお邪魔しますと答えて、彼の隣に身体を寄せる。誘いの言葉が随分ぎこちなかったことを反省する秋山だったが、すぐに甘い香りが鼻を擽ってきて正直それどころではなかった。傘に打ち付ける雨音をBGMにして、彼らはゆっくりと待ち合わせ場所から移動を始める。
生憎の雨は、公園のチューリップの別の顔を見せた。花弁を伝って落ちていく雫の様は、傘の生地部分にくっついた粒が露先に向かっていくのを目にすることとはまた違う。濡れた花弁の表面は、光でも浴びたかのように輝いて見える。麗しくもあり、艶やかだ。手元を握る秋山の手には無駄に力が入る。二人の間を隔てているのはたった一本の芯であり、今にも触れてしまいそうな肩を気にしながら、彼は唾を飲み込んだ。
傘を畳む頃には秋山の顔が真っ赤に染まっており、苗字は指摘こそしなかったが、彼に隠れて笑っていた。実はというと、傘を持ってきていないのは彼女の作戦なのだ。相合い傘の機会を作るための策である。純粋な秋山はそれに気づくことはない。



「こちらへどうぞ」



彼らが通されたのは、一つのテーブルに二人用のソファーがくっつけられた席である。躊躇いもなく座る苗字は、店内はちょっと暑いねとシャツのボタンをいくつか外す。その行動に、思わず見てはいけないものを見てしまったかのように秋山は窓の外を見やる。自分たちが店に入った途端に上がった雨は、まるで彼女の作戦を後押しするようだった。
甘い物が食べたいという苗字のために大きなパフェを頼んだ秋山だったが、相合い傘の時とあまり変わらない距離に心臓を煩くしていた。実はこれもまた彼女の作戦のひとつであることには全く気付かずに。パフェの出来上がるまでの待ち時間が長いことを聞いた苗字は、ちょっと眠たいかもしれないと呟く。その瞬間に秋山のスマホがけたたましく店内に鳴り響く。ごめん、と言って外に出た秋山を見送った彼女は目を細めたあと、ゆっくりと瞳を閉じる。
彼らのように自分たちの世界に入っているカップル専用シートに座った客は、周りのことなどお構いなしだ。秋山はハイジョのメンバーからの電話を切って、自席に戻っている時にアツアツのカップルたちの姿を目にしていた。目のやり場に困惑しつつ、ソファーに戻ってくれば、彼女が目を閉じて身を預け、眠っているように見えた。受験を控えた彼女は忙しい間を縫って、自分はアイドル活動と部活動の間を縫って、時間を作っている。疲れがないわけがない。たったひとつしか年は変わらないが、随分と大人びて見える彼女がそっと秋山の肩にもたれ掛かる。へ、と声が出てしまった彼は恥ずかしさのあまり、身を竦ませる。こてん、と身を寄せた彼女は薄目で彼の様子を伺う。もちろん、苗字は眠ってなどいないのだ。まるでチークを乗せたように頬を火照らせる年下の彼氏が可愛くて仕方ない。このあと、キスを強請ってみようかなと彼女は口元を緩ませた。



Title:誰そ彼
Image song:Tulip/LiPPS
ALICE+