君の声色で溶け出す心臓
*女の子≠プロデューサー
名前ちゃんとのデートに漕ぎつけた俺は、前日から落ち着きのない様子を見せていたのか、英雄さんや誠司さんに物凄く心配されていた。名前ちゃんは、俺の中で彼女になる予定の子だ。仕事が終わってから、明日の作戦会議をしながらとにかく不運がないようにと祈ってくれた英雄さんと誠司さんには感謝でいっぱいだ。話を聞いたプロデューサーも、騒がれないように気をつけてくださいとクギこそ刺されたが、最後には頑張ってくださいと言ってくれた。
色んな人に背中を押された俺は、彼女のことを今か今かと待ち焦がれていた。同い年の彼女は大学生で、今日の講義が終わったら合流すると昨日メールが来ている。大学から直行するんだったら、きっと荷物とかも多いんだろうな。だったら、そこは俺が持ってあげて、紳士なところをアピールしよう。
トントン、と背中を叩かれて振り返ってみれば、名前ちゃんが麦わら帽子を深く被ってそこに立っていた。その恰好は到底、大学に行って来たものとは思えない。一際目を引くのは丈の短いワンピースだ。強い風が吹いてきたら、なんて想像をして首を振った。今日は無風だ。大丈夫。目が合えば、にっこりと微笑むものだからつられるようにして笑顔になってしまう。今だけはアイドルの木村龍でいなくていいんだ、そう強く思えた。
「龍くん」
「ん?」
「……講義頑張ったから、ちょっとご褒美欲しいな」
眩しい陽射しの下、俺たちは海へと来ていた。砂浜で走り回っている子どもたちに、俺たちと同じ年くらいの男女たち。彼らを見ているのか、海を眺めているのか、どちらか定かではないが、彼女がぽつりと呟く。その横顔に思わず固まってしまったのは、名前ちゃんの言っているご褒美を思いつかなかったからだ。どういうつもりで、彼女は今の発言をしたのか。
「えっ!あ、アイスとか!?」
「……龍くん」
不意に寄せられた身体に反応して目線だけが彼女が逸れていく。男とは違う独特な柔らかさに触れる機会なんて早々あるものではないから、急な刺激に戸惑うことしかできない。麦わら帽子を取った彼女は、俺の胸元あたりくらいからじっと見上げてきている。予想以上の接近に対応できずに、手はふよふよと宙を彷徨うばかりだ。
嘘だよ、アイス買ってね。どのくらいの時間が過ぎたか分からないけれど、突然離れた名前ちゃんは俺をその場に残して小さな売店へと歩いて行く。被り直した麦わら帽子と、ワンピースの裾を押さえながら。俺は自分の頬に両手を当てて、ほう、と息を吐く。自分が振り回されている自覚はある。どうしても彼女の方が余裕綽々といった感じなのだ。頭をがしがしと掻くと、財布を取り出しながら彼女の後を追う。
二つの味のアイスを買って、日除けのできる場所へと移動した。苺味の方をぺろりと舐める名前ちゃんは、横目でちらりちらりと俺の方を見ている。必死に気づかないフリを決めているが、きっと彼女は分かっててやっているのだろう。
「龍くんそっちも食べたい」
「……どどどどどうぞ」
交換したアイスを目の前にして、今日何度目かの石化だ。綺麗に形を作っていたアイスが、彼女の熱によって溶かされている。それもあの赤い舌で、だ。邪な妄想が膨らんでしまうのは許して欲しい。だって、誘惑されてるとしか思えない。意味もなく叫びたい気持ちでいっぱいだった。かと思えば、素っ気ない態度も見せるから、この先本当に名前ちゃんを彼女にできるのか不安になってきた。どうしよう、英雄さんと誠司さんになんて報告すれば。
「大好き」
アイス、溶けちゃうよ。リップ音と共に熱くなっていた頬に、別の熱が押し付けられる。傾いたアイスからぽたりと太腿に、蕩けたそれが落ちていった。冷たさにも負けずに火照っている身体をどうにかして欲しい。名前ちゃんは何事もなかったかのように、鞄からティッシュを取り出して拭いてくれた。その手つきを眺めているだけで、もう自分は引き返せないところまで来ていることをよく理解した。
Title:誰そ彼
Image song:パステルピンクな恋/サクヤヒメ