一生かけてダンスしようよ
*女の子≠プロデューサー
雑誌をパラパラと捲る咲は最近話題になっているアイドルのページで手を止める。思わず、クスクスと笑う彼の目先には、不格好ながらも懸命にポーズを取っているアイドルがいた。彼女の名前は名前という。実は、咲の知り合いなのである。初めて会った時は、まだメイクも馴染んでいないようで、どこか背伸びをしているアイドルというイメージを彼は抱いていた。名前は咲の姿を見るなり、CD買いましただとか、雑誌やCM見てます、イベント行きましたと大ファンであることを伝える。アイドルという同じ環境にありながら、別のアイドルを妬むことなく心から応援できる名前のことを、咲は気になり始める。控え室の近くで出会ったのもあり、咲はアイドル衣装に身を包む彼女の腕を引っ張る。
「名前に似合うメイク思いついたの!」
「咲ちゃん!?」
「パピッと、もっとかわいくなっちゃお〜」
咲には経験を積んだからこそのアドバイスがある。どんな時でも可愛いアイドルを公言している彼は、時間を作っては皆の見えないところで技術を磨く。自分を魅せるためにはどんなことが必要になるのか考えた。誰も知らない秘密の特訓のようなものだった。咲の辿りついた結果だけしか世間には見られていないが、そこに至るまでの努力の跡は計り知れないものである。世界で一番可愛いメイドさん。そしてアイドル。咲が掲げた目標は歌詞にも取り上げられ、大きな影響を周りに与えている。トップアイドルを目指す心意気には名前も学ぶことが大いにある。自分のしたいことを思いっきりやる。自分が自分らしくいられる。それが咲にとってのアイドル道だ。
「名前はこっちの色の方が合うと思う!」
咲のポーチから取り出された化粧品を、目を丸くして見る名前。彼女の知らないメーカーの化粧品もある。ぽかんとしている彼女を鏡の前に座らせた咲は、名前に問いかける。可愛くなりたいか、と。本人の意思もないのに化粧を施すのはお門違いだと思った上に、芯のある人間かどうか確かめたかったのである。咲は言いたいことをはっきりと言う人間であり、いつでも本音の自分でいる。そんな姿はユニット、そして事務所全体に影響を与え、ファンの心にも届いている。アイドルに誇りを持ち、仕事を熟す彼の姿はトップに居座った後、努力を止めたアイドルの何十倍も輝いて見えた。
名前は、咲のアドバイスを聞いて早速メモを取り始めた。まだアイドルになって日も浅い自分はもっと成長していかねばならない。でも、具体的に何をすればいいのか測りかねていたのだ。そこに咲がやって来たものだから、これは成長のチャンスを与えてもらえると思ったらしい。
「咲ちゃん、これは?」
「名前はどうするのがいいと思う?」
「うーん、こうかな」
「うんうん。そのまま続けてみてね」
咲は決して人を否定しない。ありのままでいることを誰よりも喜んでくれるアイドルであった。名前の心許ない提案であっても、最後まで彼女の言葉を聞く。そうして一緒に考える。メイクというものは、自分と向き合って初めて完成できるものだと咲は思っているのだ。どんな風に自分を魅せたいのか、変身したい自分の姿を想像して試行錯誤を繰り返す。その過程の中には、他人からのアドバイス、上手な人の真似をしてみることも時には必要だ。でも、本当の仕上げは自分自身で決めるもの。咲は名前に自分のアイドルとしての心構えを伝えた。そうして、アイドルとして人気の出てきた彼女はこうやって雑誌に取り上げられるようにもなったのである。咲は、あたしも負けずに頑張らなくっちゃと、雑誌を閉じて立ち上がる。今日も、彼は己自身を磨くのだ。
Title:朝の病
Image song:私はアイドル/天海春香