君の言葉は砂糖と毒でできている


*女の子≠プロデューサー



少し火照る身体に目を開けると、背中を流れる汗が気持ち悪くて、俺はゴロンと転がる。仰向けになっていてベッドとぴったりくっついた背中に風を通すためだ。起きる前にエアコンの電源が切れるようにしているのだが、一瞬と言っていいくらいに部屋は熱くなってしまう。夏という季節の嫌なところだ。片手はパジャマの裾をパタパタさせるが、反対の手はというと、何やらベッドのシーツではない感触を掴んでいる。寝る前に何か置いたものでもあったか。ようやく慣れてきた目に映る視界に、ひっと悲鳴を上げたのも同時だった。



「……はあ!?」



勢いよく起き上がった俺は、横になっている人間の服から手を離す。な、なんで俺のベッドにいるのか分からない。昨日はきちんと自分の家に帰って、風呂に入って、ベッドに横になったはずだ。もぞもぞと身体を動かす人間の正体は、つい最近バイトとして事務所に立ち入るようになった女であることに間違いない。仕事をするには鈍臭い女で、初日からダンボールをひっくり返したのを北斗が助けていた。部屋も満足に覚えられないようで、一週間経った今でも翔太に度々部屋を尋ねている。そろそろ覚えろ、と言った俺の言葉はどうやらひどく冷たいように聞こえたらしく、身体を強ばらせたのを覚えている。その姿に、思わず動揺した俺は視線を逸らして、言い方が悪かったなと自分なりに謝罪した。言葉を彼女が聞いてくれていたかは分からない。俺が向き直した後、もう彼女の姿は消えていたのだ。
また別の日、衣装を運んできた彼女は俺にペコリと頭を下げると、これ差し入れですと言って小さな袋をくれた。目は相変わらず合わないが、仕事を一生懸命するのは彼女のいいところ、だと思う。互いに一言だけ交わした言葉が妙に心に残っている。その後、北斗や翔太に、名前さんから菓子貰ったかと聞けば二人とも揃って首を振る。ニヤニヤした顔であれ〜、と詰め寄ってくる翔太と片手で距離を取っていれば、会話を聞いていたのかプロデューサーが笑ってこう言った。冬馬くん頑張ってるけど、疲れてないか心配ってそういえばあの子に話したよ。ふーん、名前ちゃん冬馬君のこと心配してくれたんだ。どう思う、北斗君。バイトちゃんが冬馬にね。北斗と翔太がこそこそと何やら話し始めたが、それを振り切るようにして俺は彼らを引っ張って部屋を出た。
貰った袋を事務所内で開けるのはどうも気恥ずかしくて、結局開けたのは帰ってからだった。小さな飴がいくつかと、手作りのクッキーのようなものに、たった三行の手紙。冬馬くん、いつも迷惑かけてごめんなさい。わたしもっと頑張ります。休める時はしっかり休んで、アイドルとしてトップを取ってください。飴の袋を丸めてゴミ箱に入れると、壁を背もたれにして座り込んだ。三行の少ない内容を何度も何度も読み返しながら。舌で転がす飴玉はみるみるうちに小さくなっていく。真っ直ぐ気持ちを伝えられるって、いいな。



「名前さん」
「……ううん」



あれだけの大きな声で目を覚まさない彼女は、夢の中で喋っているのか口がもごもごと動いている。その口の形を見て、言葉を判別するなんてことはできない。俺は、さっきまで触っていたパジャマの裾を綺麗に整えると、毛布を彼女に被せる。そして、その上からほんの少しだけ撫でてみる。毛布の上から撫でれば、直接触っているよりは意識せずに済むかなんて思ったが、そんなことはなかった。毛布の掛かっている身体から、ずっと上にある彼女の頬に一度だけ触れてみる。さらっと。まるで事故だと言い訳ができるくらいに。ああ、なにやってんだ、俺。手を離して棚を眺めてみれば、いつも飾っているはずの手紙がないことに気づく。何かの弾みで床に落ちたのかと思って探してみても、見当たらない。そこで俺はあるひとつの可能性にようやく気付いたのだった。これは、俺の見ている夢だ。じゃないと、名前さんが隣で寝ているはずがない。夢に登場するくらいには、彼女のことを考えていたのか。本当に目が覚めて、事務所に行けば今日もまた名前さんには会える。朝からやらかしているかもしれないし、もしかしたら順調かもしれない。どちらにせよ、心の中に芽生え始めつつあるこの気持ちは大切にしようと思った。夢なら、もう少しくらい許されるか。毛布からはみ出ている彼女の手に触れるか触れないかの瞬間に、目覚まし時計がけたたましく鳴り始めた。



Title:誰そ彼
Image song:恋をはじめよう/Jupiter
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