魔法をあげるから僕を君だけのものにしてよ
*女の子≠プロデューサー
自身の衣装のボタンが取れていたことに気づいた御手洗は、事務所内である女の姿を探していた。ユニットの天ヶ瀬や伊集院は別の仕事に出ているため、同じ場所にはいない。御手洗よりも年上の彼女は、毎日ではないものの事務所に出入りしており、いわゆるバイトの仕事をこなしている。それに、彼女は何も言わないが、御手洗は知っていることがあるのだ。まだ315プロダクションに来る前、別の事務所に彼らが所属で活動していた頃の話だ。天ヶ瀬と伊集院と一緒にステージを成功させたときに、彼女の姿を見たことがある。口には出さないが、きっと随分前からこのユニットのファンでいてくれたのであろう。御手洗は、なんで自分たちに言わないのかが気になって仕方なかった。
「あ!みーつけた、名前さん!」
「翔太くん、何かあった?」
アイドルたちの衣装はビニールに掛けられて、大切に運ばれている途中らしい。色味や柄を見ると、御手洗たちの物ではないことがすぐに分かった。昔は自分たちのユニットだけのファンだったけど、今はこの事務所みんなのファンだから言わないのかな。彼は首を傾げつつも、衣装を運ぶ足を止めない彼女の横顔を見る。僕たちのステージを観に来てくれていたのは、ユニットのファンだからかな、それとも誰かお気に入りの人がいるのかな。御手洗の疑問は声にはならないため、答えを得ることがいつまで経ってもできない。答えを求めて想像を膨らませるだけだった。とりあえず用件を伝えようと、いつしか背中を見ていた御手洗は口を開く。
「お姉さん、ボタン取れちゃった〜」
「翔太くんの衣装の?」
「そう!」
「それはいいんだけど、お姉さんってファンの子たちへの言葉でしょ?わたしはさっきみたいに名前で呼んでくれて構わないからね」
衣装置き場の扉を開けて、苗字が入って行く。御手洗は食べ物を頬張ったリスのように、ほっぺたを膨らませながら彼女のあとを追う。彼女は衣装部屋の中でも一番入り口に近い場所に先程まで持っていた衣装を皺にならないように置くと、奥にあったタンスから裁縫道具を持ち出してくる。ちょっぴり彼女の返答がつまらない御手洗は、作業を始める彼女から離れた場所に椅子を持ってくると、両肘をついてじっと苗字を見つめる。元の位置を確かめて印を付けた彼女は、糸を切って小さな針穴に通していく。衣装に合わせた色の糸が、ゆっくりと金色の針と繋がった。小学校の家庭科で習う簡単なボタン付けの作業だというのに、彼女の手捌きは見事なものでもっとレベルの高いことをしているかのように見える。
「名前さんー」
「どうかした?もうすぐ終わるから待っててね」
「昔、僕たちのライブ来たでしょ。なんで来たのー?ファンなの?」
「え、よく知ってるね……!」
「だって、僕、名前さんの顔どこかで見たことあるなあ〜って思ったもん」
「いやいやそれでもあんなにたくさんいるファンの中で覚えるのは無理でしょ」
「無理じゃないよ」
御手洗はもう、完全に思い出していた。あの日のステージは、ファンの人との触れ合いも兼ねてちょっとしたコーナーを開いたのだ。コンサート会場に入る客に小さな抽選権を渡して、メンバーそれぞれがくじ引きをする。選ばれた三人はCDを彼らから直接受け取ることができるというものだった。そう、御手洗が直接渡したのは紛れもなく彼女なのだ。サインをして、握手をして、お姉さんと呼んだのは。
「僕がサインしたCD、持ってるよねー?」
「……わ」
「ほらやっぱり!名前さん、僕のことすきなんだ」
糸をぐるぐると巻きつけてボタン付けを終了した苗字は御手洗の問いに答えることなく、無言で机に置く。その衣装受け取った御手洗は、椅子から立ち上がると慌てて立ち上がる彼女の前に立つ。あのお渡しミニイベントの時よりも背が伸びたでしょ、と言わんばかりに苗字を見る。もともと背の高くない彼女は、御手洗の足元に目線を落とした。
「もっと、オトナになったら、お姉さんのこと貰いに行くからね」
「翔太くん、何を言って……!」
「だって〜、名前さん、僕のことだいすきって顔してるんだもん」
衣装ありがとね〜、と部屋を出て行った御手洗はスキップをしながら廊下の向こうへと消えていく。もちろん彼の指摘は間違っていない。苗字は御手洗のことを大好きという感情を含んで見ている。ただそれが、ファンとしての気持ちなのか。それとも別の気持ちも入り混じった恋愛感情として働いているのか。彼女に突きつけられたのは思った以上に難題であった。
Title:誰そ彼
Image song:七彩ボタン/竜宮小町