あなた以外は立ち入り禁止


*女の子≠プロデューサー



今日は学校が休みだ。勉強に追われる学生にとってこの上なく喜ばしいことで、わたしの心を表現したかのように空には雲ひとつなく、晴れ渡っている。いつも決まった時間に起床するせいで、自然と目が覚めてしまったけれど、今日だけは二度寝をしなかった。スマホの時間をチラリと見れば、平日なら急いで起き上がって洗面所へ一目散な時間だ。でも、今日は優雅な時間が過ごせる。早めに起きて課題を済ませてしまおうと思ったわたしは、タイマーを十時にセットしたスマホを持って、リビングに行く。土日が休みではない両親は既に起きていて、わたしだけがパジャマで、休日を満喫するような格好だった。お父さんの隣に座って、焼きたてのパンに齧り付く。数学の課題の量は多かったものの、わたしの得意分野だし、もうひとつの課題である現代文は好きだし、面倒くさいと感じるものは今回の土日に課題として一切出されなかった。その喜びが自然と顔に出ていたようで、お母さんが何かいいことでもあった、とクスクス笑いながら聞いてくる。課題が楽なの、と答えれば、お父さんがわたしの頭をゆっくりと撫でてくれた。一人っ子のわたしは、両親が大好きだ。
朝食の片付けを終えた頃には、両親は家を後にしていた。自室に戻ったわたしは、さっそくスクールバッグから筆箱と課題の冊子やプリントを取り出す。課題をやるときは大体憂鬱な気分になって、なかなか進まないのだけれど、今日はペンが動く、動く。紙の上で踊っているようなペンを見たわたしは自然と歌い出す。歌詞に林檎が出てきたところで、ふと口を閉じる。そうだ、課題を終わらせたら、アップルパイを焼こう。お母さんが林檎を買いすぎたって言っていたのも思い出した。
冊子を閉じたわたしは早速、アップルパイ作りに専念していた。お母さんから随分前に教わった作り方に、今ではアレンジを加えることができるくらいには成長していた。両親には何も言わなかったけれど、実は今日のお昼に楽しいことが待っているのだ。学校も仕事もない、玄武くんを家に呼んでいる。彼との出会いは突然なもので、玄武くんが猫を探しているときのことだった。後から聞くと、朱雀くんという男の子と一緒にユニットを組んでいて、その猫は二人にとって大切な仲間だそうだ。それから連絡先を交換して、度々顔を合わせている。この前は偶然にも登校の最中に出会ったりもした。玄武くんはいつ会っても、背筋をピンと張った美しい姿勢で、眼鏡がとてもよく似合っていて、わたしが見上げるくらいに背が高い人だ。同い年とは思えない。それに、学期末にあった統一模試のことについて友達と話をしていたことも思い出した。この全国一位の人、毎日どんな勉強をしてるのだろう。起きている間にずっと勉強をしているのかな、とか。適当な予想を話しながら笑っていたのだけれど、玄武くんはその張本人だというのだ。その事実が発覚した時には素っ頓狂な声を上げてしまった。玄武くんは学校に通いながら、アイドルとしても活動をしている。毎日忙しいに決まっている。どこに勉強する時間があるのか。
スマホのタイマーが華やかな音楽を奏で出す。どこかのお嬢様になった気分に浸りながら、わたしは画面をタップした後、大きなカップを棚から取り出して紅茶を注ぎ、ミルクをぽたりぽたりと零していく。色が変わっていく様子はまるで、柔らかい光が降り注ぐようだった。くちびるに指先を触れさせて、出来上がった生地に投げつけるようにリップ音を立てる。誰も見ていないというのに、それはそれは恥ずかしかった。
焼き上がるのを待っていると、突然またスマホから音楽が流れ出す。それはわたしをお姫様にしてくれる招待状のようなもの。慌てて手に取ると、もしもしと繋がれた向こう側へと話しかける。すると、落ち着いた声で、家の前に着いたんだが、と王子様が囁く。待ってて、そう叫んだわたしは、用意していたティーバッグをテーブルにカップと共に並べると、玄関へと続く廊下を手ぶらで走り始める。まるで、城への道を駆けていくように。ガラスの靴を履いて、ドレスの裾を持って、王子様の元へと走っていくそんな自分の姿を描きながら。



「玄武くん!いらっしゃい!」
「名前さん、今日は招いてくれてありがとよ。世話になるぜ」
「……うれしいなあ」
「何か言ったか?」
「ううん。さあ、上がって」



リビングへ玄武くんを案内したわたしは、彼に指摘されて鳴りっぱなしのタイマーに気づいた。すっかり意識を奪われてしまって、玄武くんに言われるまで全然耳に入っていなかったのだ。急いでオーブンから取り出せば、アップルパイが上手く焼き上がっていた。わたしの心は、こんがりと焦げるくらいに玄武くんに焼かれてしまっているけれど。



「いい香りがするぜ」
「アップルパイ、焼いたの。紅茶と一緒に召し上がれ」
「名前さんは菓子作りができるのか。新しいことを学ぶ機会になりそうだ」
「玄武くんもやってみる?」
「経験を積めば、朱雀やアニさんがたにも作ってやれるか」



ふんわりと膨らんだアップルパイを切り分けたあと、玄武くんの前に差し出す。形をじっくり眺めながら、他のアイドルの名前を紡いでいく彼の姿を見ているのがとても幸せだと思った。十二時を過ぎても、この魔法はきっと解けない。



Title:誰そ彼
Image song:アップルパイ・プリンセス/十時愛梨
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