洒落たカフェの隅の数字


「えー!なんでこの数字が出ないの」



十座の好きだというケーキ屋のテーブルで唸っているのは名前だ。カフェテラスは、この道を通る人からよく見えるために、変に目立ってしまっている。彼女は結構独り言が多い。大学ではあまりに気にならないかもしれないが、さすがにこの場はそうはいかない。十座に買って帰るケーキを選ぶつもりだったが、俺は飲み物だけを注文して、名前の前の椅子に座った。あ、臣くん、と言った彼女は普段通りだ。



「名前、もう少し静かにしような」
「……ここは大学じゃなかったね」
「そうそう」



休日も勉強漬けなのか、と聞けば、そんなことはないよと返ってくる。今日はたまたま自分の解けずにいる問題が気になって仕方なかったが、少しばかり気分転換をするつもりでこのケーキ屋に来たらしい。問題のこともすっかり忘れるために、そのプリントも持ってこなかったらいいのにな。俺だったらそうする。だが、名前は場所を変えて問題を解こうとしているらしい。あくまで気分転換というのは、彼女にとって環境を変えることに過ぎないらしい。
彼女の苦戦している問題を覗き込もうとすると、見ないでと言わんばかりにプリントを隠される。ひとくち、飲み物を含んでも彼女はプリントを持ったままだ。俺には見えないようにして。ほんのりと透けて見える問題には見覚えがあったので、もう一度声を掛ける。



「それ、たぶん俺分かるから教えようか」
「ううん!大丈夫、もう解けるから」



さっきの唸り具合からして解けるとは思えなかったが、どうしても自分で解きたいらしい。俺は席を立って、ショーケースに並ぶ様々な種類のケーキから十座への土産を考え始める。どのケーキも美味そうだが、自分でも作れそうなのがいくつかある。甘い菓子を好む十座にはやっぱりこのケーキだろうか。うーん、と顎に手を当てていると、隣にスッと現れたのは名前だ。満面の笑みを浮かべている彼女は、俺におすすめのケーキを教えてきた。ああ、さっきの問題を解けたんだな。



「臣くん、ケーキ好きなの?」
「同じ組に、甘味が大好きな奴がいるんだ」
「へえー。どんな子なの」
「高校生だ。強面だが、中身は努力家で真っ直ぐないい奴だな」
「臣くんに強面って言われたくないと思う」
「はは、そうかな」



結局、十座のケーキは彼女がおすすめだというケーキに決まった。これからどこかに行くのか、と尋ねると、買い物に行くよと言う。聞けば、彼女は休みの日は思いっきり羽を伸ばすタイプらしく、ひとりであちこち足を運んでいることが分かった。ショッピング、映画、カラオケ、食べ歩き、観光。全てひとりで熟したことがあるらしい。といっても、毎回一人で行くわけではないようだ。



「臣くんはこれから稽古?」
「よく分かったなあ」
「稽古って毎日することに意味があると思うの。ちょっぴりでも、毎日続けることって大事だから」
「そうだな。名前の言う通りだ」
「わたし、臣くんのカンパニーの監督さんね、会ったことあるの」
「カントクに?」
「うん。綺麗なお姉さんって感じだった。臣くんの話も聞いたよ。ご飯作ってくれたり、みんなのお世話をしてくれるから助かってるし、お母さんみたいって言ってた」
「……そ、そうか」
「観劇ってまだしたことないから、今度あるとき教えてね」
「そうだ、俺たち秋組の第二回公演が近々あるからチケット取っておくよ」
「え!そうなの!早速チケット取ろうっと」
「俺が取っておくから」
「初めてだし、自分で取ってみたい!」



カントクが寮での俺のことを喋っているのはよく分かった。名前も話を聞くのは好きな方だから、きっとついつい話し込んでしまったんだろうな。二人が話している様子は想像できる。チケットの確保は劇団員に任せておけば間違いないというのに、ここでも彼女は自分で取ると言って引かなかった。少し、寂しいかもしれない。せっかくの秋組公演だし、俺は主演に決まっている。だからこそ、彼女に直接渡せたらいいなと思ったんだけどな。でも、初めてのチケット取りにあんなにワクワクしている名前のテンションを下げるのも悪いと思って、それ以上何か言うことは避けた。
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