
少し剥がれた仮面の隙間から
「十座、この人がこの間のケーキを選んでくれた人だ」
「……美味かった」
「この子が十座くん?確かに強面だねー。でも甘い物好きってギャップで可愛いね」
「名前サンは十座サンみたいな人がタイプ!?」
「こらこら、太一スコーン溢すぞ」
「ほんとだよ。ほらこっち向いて、口についてるから」
十座を部屋に招くと、名前は目をキラキラさせながら見つめていた。見つめられる十座はどうしていいか分からないようでいたから、クッションの上に腰を下ろすように誘導する。太一は完全に名前のことを気に入ったな。これは。
興奮したように彼女に詰め寄ろうとする太一をセーブしていると、近くにあったティッシュで口元を名前が拭き取る。最後にくるくると先の方を丸めて、トントンと軽くタッチしていた。茹で蛸のようになっている太一に笑っていると、唸りながら少しだけ目線で怒られた気がした。名前は面倒を見ることが好きらしい。それに頼られると断れない性格であることも、彼女の普段の振る舞いから感じている。率先してグループ活動に取り組むのは、自分がリーダーになって周りの世話をすることが彼女の中で当たり前になっているからだ。きっとそうだ、俺がうんうんと頷いていると、名前はスコーンが美味しいと満足そうに続きを頬張り始めた。
「じゃあ逆に聞くけど、太一くんはどんな人がタイプなの?」
「え、えっ……あー、それは」
「ふふ、すきなひとがいるんだね」
「……うう」
「名前、あんまり太一をいじめないでやってくれ」
「いじめてないよ。可愛がってるだけ」
「臣さん、この人は」
「ああ、俺と同じ大学の友達だよ。カントクとも知り合いらしい」
スコーンをどんどん口に入れていく十座は、チラチラと彼女のことを見ている。眉毛が動いているところを見ると、少し興味を持ってくれたのかもしれないな。もしかしたら、選んでもらったケーキのこととか話してみたいのだろうか。ケーキの話題を振ってみようかと思ったところで、名前が大きな声を上げたので俺も太一も十座も驚いてしまった。こういう突然の出来事にはこの寮で暮らし始めてから耐性がついたと思っていたが、そうではないらしい。腕時計を見た名前はしまった、という顔つきだ。家庭教師はなかなかに厳しい。左京さんにも劣らないかもしれない。
「休憩時間終わり!ほら太一くん勉強するよ」
「うう……スパルタ」
「だから真面目だって言っただろ」
「こんなにカワイイひとなのにー」
「十座くんも一緒に勉強する?」
「……いいのか」
「もちろん」
空っぽになった皿を持った俺はゆっくりと立ち上がると、床に置いていた勉強道具をテーブルの上に広げだす名前の頭にそっと手を置いた。ありがとう、の意味も込めて。太一のことを頼んでいたのに、まさか十座の勉強まで見てくれることになるとは予想もしていなかった。よしよし、心の中の台詞は口には出さずに、頭を撫でる。さっきの太一みたいに固まった彼女を見ながら、ああ、やっぱりこの人はこうやって甘やかされることが少ないんだと思った。他人に甘えて、頼ることを知らない。今まではそれで上手くやってきたのかもしれないが、様々な場面に出くわした時に必要になってくるだろう。自分の知らなかった可能性を他人が広げてくれることだってあるのだ。それに何より、褒められることを素直に受け取ったりすることは悪いことじゃないし、恥ずかしいことではない。
「……っ、臣、くん!」
「悪い、いつものクセで」
「……名前サン、顔真っ赤ッスよ」
「そ、そんなことない!ほら勉強するよ!」
何が起こっているのか分からないとばかりにぽかーん、としている十座と、面白いことでも見つけたかのようにワクワクしている太一。それに戸惑いを隠せていない名前を部屋に残して、俺は再度台所に向かう。パタンパタン、とスリッパの音が静かな廊下に響いた。本人が他人に頼れないから、ついつい助けたくなってしまう。なんだか、妹ができたような気分だった。名前の表情も新鮮で楽しかったな。
この後、やけに上機嫌で皿を洗っていることを万里に指摘されてしまい、彼にも彼女の存在が知られることになるのだった。十座と顔を合わせるなり、ガンを飛ばすのはいい加減止めてくれるといいんだけどな。名前はこれがヤンキーの喧嘩、と変なところで感動していたけれど。