形容し難い違和感


二人一組の課題が出た。ペアの組み方は自由で、名前の周りには続々と人が集まっているのが、俺の座っているところからでも見える。皆が彼女に頼ろうとしているのは丸分かりだった。一緒に課題を進めてくれる人もいるかもしれないが、もしかしたら彼女に任せきりにしようと考えている人もいないわけではないだろう。振り分けをすることが手間なのは分かるが、自分は楽して良質な課題に仕上げようとする人間も存在することを忘れないで欲しい。ふと、数人に取り囲まれた彼女と目が本当に一瞬だけ合った。すぐに逸らされたが、絶対に俺の方を見ていた。まさか、助けて欲しいというサインだろうか。この間、頭を撫でたことを散々叱られたばかりだというのに、俺が手を差し伸べるのはもしかしたら少しずつ許されているのかもしれない。拒否するための頑丈な柵がひとつ外されたような気がして、思わず笑みが零れてしまう。そうでなければ、名前がこっちを見ることはないはずだ。
身長の大きい俺が歩くと、自然と道ができた。男の中でも特別大きく目立つ俺が、名前の元に向かっていることに彼女も気づいたようで、突然ノートや資料を背伸びして高く上げながら、周りの人に言い出す。わっ、わたし、臣くんとペアで課題するの。その言葉に舌打ちが聞こえた。やっぱり俺の読みは当たっていたかな。



「……臣くん」
「名前、助けてって顔してたぞ」
「え!してないよ!たまたま目が合っただけ。それに家も近いから、この課題やりやすいでしょ!?だいぶ時間かかると思うし、それに臣くんと組めば、太一くんや十座くんの勉強も見てあげられるし、監督さんともまたお話できるし、万里くんと遊べるかもしれないし!」
「ははは、そうだな」



つらつらと理由を並べていく彼女が挙動不審になっているのは珍しい。調子を狂わされているのが丸分かりだ。落ち着かせるために頭に手を伸ばそうとすると、名前が大きな声で拒否の意を示す。ついつい、クセでやってしまうんだよな。落ち着かせたり、褒めるときって頭を撫でてやるのが一番だと思っているから。それに俺の身長だと、よっぽどじゃない限り、頭を撫でられないことはない。
太一はあの日勉強を教えてもらってから、よく俺に名前の話を聞くようになった。風呂上がりに温まった身体を冷やしていると、臣クン臣クンといって子犬のように寄ってくる。今日の服装はどんなだとか、何か可愛いエピソードないか、とか。太一は本当に名前のことが好きなのか、と尋ねれば本人は煮え切らない返事だった。好きな人のことは知りたくなるものじゃないのか。それとも、太一はまだ恋心を自覚していないのか。どちらにせよ、今日のことは太一に話してやろうと思う。



「どんな風に課題進める?」
「まずは教授に出された課題に沿ったテーマ設定だよな」
「そうなんだよねー。こういうのって答えがないから難しいよね」
「確かにな」
「今日は一旦持ち帰りにして、各自で考える?」
「このまま、帰りに寄ってくれてもいいぞ。今日は俺が晩ご飯担当だから、良かったら食べていかないか」
「……大丈夫!ご飯は家にあるから」
「カントクもおいでって言ってたぞ」
「……う、うーん、いや、大丈夫」
「あ、名前、これ見てくれ」



スマホの通知音が鳴った。画面を見てみれば、太一からのLIMEであることを示していたのだが、名前サン勉強また教えてくれないか、臣クン聞いておいて欲しいッスと書いてある。ナイスだ、太一。これは太一が名前に頼っていることになるから、彼女も折れてくれるだろう。



「太一くんの勉強?」
「ああ。俺たちの課題もあるし、やっぱり時間かかるだろ?」
「……うん。わかった」



他人から頼られるとあっさりと了承する彼女は案外扱いが簡単だったりするのかもしれない。講義で使っていた荷物を片付けると、名前の準備ができるのを待ちながら、太一に返事をする。名前、俺たちの課題もあるし、今から連れて帰るよ。そこまで文字を打って、ふと親指が止まる。連れて帰る、何気なく綴った言葉だったが、どこか引っ掛かった。まあ、いいかと思ってそのまま送信すると、すぐに太一から画像が返ってくる。太一の後ろで十座と万里が取っ組み合いになっている写真だった。今日は高校生組は早い帰宅とは聞いていたが、もう既に乱闘は勃発しているらしい。左京さんに見つかったら、また手錠をかけられるぞ、なんて呟きながら返事を考えていると、横から可愛いねと言って名前が俺の手元を覗き込んでいた。秋組はいつもこんな感じだ、彼女にスマホを渡すと微笑みながらその写真を見つめたあと、名前は指を動かし始める。みんな可愛いね、の後にハートマークを付ける彼女はとても楽しそうだった。光の早さで既読が付くと、名前は笑い声を零す。太一は、返信したのが名前であることにすぐ気づいたようで、誤字脱字が目立つ文章を送ってきた。そんな慌てなくても、逃げたりしないのにな。



「慌てているのかな?」
「太一は名前のことが大好きらしいから」
「そっかー、頼ってもらえているのかな」
「それはもちろん」
「……ふふ」



スマホを彼女から返してもらう時に、大きな俺の手は彼女の小さな手に触れた。互いに熱が触れ合ったことに気づいた時には、瞳と瞳は交差していた。日常の中のたった少しの出来事だというのに、彼女の慌てようは太一といい勝負だったかもしれない。物の受け渡しで、触れてしまうことはよくあることだ。どうしてそんなに慌てているのかは俺には理解できなかったけれど、少なくとも嫌がっているようには見えなかった。



「どうした?」
「えっ、いや、ううん!何もない、です」
「ははは、なんで敬語なんだ?」
「……っ、もう、臣くんのいじわる!」



意地悪なんてしたつもりはないんだけどなあ、そう呟きながら頭を掻く俺を置いてきぼりにしようと彼女は小走りで遠ざかって行く。そういえば、今日の夕飯のメニューをまだ決めていない。この間、カントクが買い物に行ったらしいから冷蔵庫の中を見てから決めようか。名前は俺とだいぶ距離を離した後、急に立ち止まって振り返る。なんだ、先に寮まで走って行ってしまうかと思ったのに。彼女の子どもっぽくて、可愛いところだ。
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