アイドル活動をスタートさせたばかりのユニット、DRAMATIC STARSとそのプロデューサーは親交を深めるという名のもとで、事務所近くで行われる花火大会に足を運んでいた。大の男三人が歩けば、それはもう目立つものだったが、まだ知名度の低い彼らはその場で騒がれることはなかった。次々とユニットが誕生していく事務所内では割と平均年齢が高めの彼らではあったが、プロデューサーが驚くほどに天道と柏木が童心に返ったかのようにはしゃぎ回る。プロデューサーの隣を居心地悪そうな表情で歩くのは、唯一冷静な桜庭だった。仕事の時もどこか冷めている彼ではあったが、ここ最近の仕事ではそれが良い方向へと変わり始めていることにプロデューサーは気づいている。それも、林檎飴や綿菓子、射的やヨーヨー釣りに目をキラキラさせる二人のおかげでもあるのだが。そんな調子で、彼ら三人はアイドルの道を着実に歩いている。
夜空に咲く花を見上げながら、天道は大空に向かって手を伸ばす。いつか俺たちも、あの花火みたいに辺り一面に咲き誇るようなアイドルになろうぜ。いや、絶対なる。彼のカラーである赤色が、花火の光で照らされている。そうですね、と頷く柏木に、無言ながらも彼と同じ方向をしっかりと見ている桜庭。プロデューサーはその後ろから、彼らの背中を見つめていた。
花火大会も終わりを告げる頃には、柏木の腕の中には大量の食べ物が溢れていた。不透明のビニール袋から覗くフランクフルトや唐揚げからは、いい香りがしていたが、桜庭の食欲を誘うには至らなかった。むしろ、そろそろ食べ物を見たくないと彼は思い始めているところである。まだ食べるのか、と桜庭は呆れたような顔で呟く。天道はというと、屋台でちょっとしたヒーローになっており、子どもたちが彼の周りを取り囲んではアドバイスを請う。順番な、と言っている天道の顔つきはプロデューサーが初めて彼を見た時よりも随分と良いものだった。
「翼、桜庭、待ってくれ」
「輝さん!子どもたちはいいんですか?」
「……後ろをついてきているが」
「これだけは今日、伝えておきたいんだ。俺たち、全員でこれからも頑張ろうってな」
「負けるつもりはない」
「オレもです!」
確かな絆がそこに出来上がりつつあることをプロデューサーは感じていた。ユニット結成当初はどうなることかと内心ヒヤヒヤした時もあったが、彼らをプロデュースしたことは間違いではない。それだけは、大きな声ではっきりと言えることだった。
次回の仕事内容を確認した彼らはそれぞれの帰路へついた。柏木は食べ終わった物を捨てるためのゴミ箱を探すために、まだ花火大会の会場をウロウロとしている。すれ違う人々の笑顔を見ながら、オレもステージの上に立って、あんな風に皆を笑顔にするんだ。そう心の中で呟く。会場の端の方にようやく見つけたゴミ箱は、溢れ返っていてそれだけ来場の人の多さを表していた。燃えるゴミ、燃えないゴミ、丁寧に分別をしていく柏木の手元に残ったのは真っ赤な林檎飴だ。表面に、自分の顔が映る。そういえば、昔もやったなあ、なんて赤の向こうに広がる暗い海へと視線を移す。花火を上げるために用意されていた小舟が陸の方へ戻って来ているのが見えた。もう十年も前になるだろうか、同じように花火大会にやって来ていた柏木の手には林檎飴が握られていた。屋台の前で、なけなしの小遣いを計算したことを懐かしく思う。あの時よりも随分、身体は大きくなったし、周りの環境は変わってしまった。時の流れで自然と変わりゆく自分の隣に、今でもあの子がいたら、なんて考えてしまう。中学生で男女のカップルができると、周りから面白いようにからかわれた。それを気にし過ぎた結果、いつの間にか隣から消えていってしまった子がいるのだ。告白の成功に喜んだのも束の間。仲のいい友達関係でいた方が学校でもよく喋ることができたし、周りの目を気にすることもなかった。あの子と一回きりの大きなイベントが、そう、花火大会だったのだ。浴衣を着たあの子となかなか目が合わせられなくて、なかなか会話が続かなかったっけ。花火を見ている時に、ぽろっとあの子が零したのが、林檎飴が食べたいな、だった。ちょっと待ってて、と駆け出した柏木の行く先はもちろん林檎飴を売っている屋台である。
スマホを取り出した柏木は連絡先が纏められたページを立ち上げる。機種が変わってもずっと入れ続けているあの子の連絡先は、今も変わっていないのだろうか。さすがに十年も経てば、変わってしまっているだろうか。だが、どちらにせよ、柏木にはそのボタンをタップする勇気はないのだ。ポケットにスマホを片付けた柏木は、林檎飴だけを持って、海に背を向ける。なぜいつまで経っても連絡先を消すことができないのか。それは、彼の中では謝罪をしたい気持ちで溢れていることが原因だった。会話も満足にできなくなったまま、卒業式を迎えて高校は別のところへ進学。いつの間にか、連絡を取ること自体もしなくなっていた。決してあの子のことを柏木は忘れていたわけではない。学校で顔を合わせる度に、苦しそうな表情を浮かべるあの子を思い出してしまって、自分の存在が傷つけてしまうことに繋がっているのではないかと自責の念に駆られるのだ。告白なんてしなければ、今もずっと連絡を取るような間柄でいられたのではないか。自然消滅させてしまった事も、告白のせいで関係を壊してしまったのも、柏木は謝りたかったのだ。今になっても、一体何が正解だったか分からない。林檎飴を包むビニールを一度指で突くと、止まってしまっていた足を再び踏み出した。
公園を抜けて行くのが一番早いと思った柏木は、手入れのされていない木々の間を潜り抜けていく。抜け道というのは年を重ねても子どものようにワクワクするもので、何が飛び出してくるか分からない未知の世界に迷い込んだようだった。滑り台の近くに繋がっているその道を抜けてしまった柏木の耳には、キー、キー、と錆びた金属が擦れるような音が聞こえてくる。こんな夜遅くに子どもがブランコで遊んでいるのかな。危ないから家に帰るように言おう、と思った彼は、事務所へ行く際に昼間よく見かけているブランコのある場所へと足を運ぶ。勢いのない音が段々と近付いてくる。迷子にでもなったのかな、もしかして泣いているのかな、勝手な予想をしながら柏木は音の正体を確かめるべく、様々な遊具を通り過ぎて行く。幸いにも、ブランコは街灯に照らされてよく分かる場所に設置されており、少し遠くからでも誰かが座っているのが見えた。下を向いていて顔はよく見えなかったものの、子どもではなく、恐らく成人している女性であることは分かったので、柏木は躊躇うことなく声を掛ける。女性ひとりを見過ごすことのできない、柏木の優しい心から起こる自然な行動だった。
「あの、大丈夫ですか?」
無言のまま、自分に掛けられた言葉であることに気づいた女は顔を上げた。林檎飴を持ったままの柏木は途端に表情を変える。静かな公園に、女の声が響く。その声は確かに柏木の名前を紡いでいた。まるで自分が声を発せなくしまったようで、柏木はカラカラに乾いた喉を潤そうと唾を飲み込む。全身を流れる血が、沸々と沸き上がるように身体を熱くする。柏木の視界には林檎飴と、中学の時の面影を残す彼女だけが映っていた。ブランコの揺れる音も止まり、彼らの間には風の音と祭りが終わったことを嘆いたり、花火の思い出を語る人々の声がちらほらと聞こえている。ぱちり、彼女の瞳がまばたきをする。柏木の姿をその瞳に映しながら。名前ちゃん、辛うじて声の形になった名前は、彼が口にすることをずっと躊躇っていたものだった。