大きな背中越しに見る、これまた大きな生き物はグッと首を伸ばして、舌をチラチラと覗かせている。舌の持ち主の目的は間違いなく、わたしが持っている餌だけど、距離を置いているせいで食べることができないでいた。餌を買った時は足取りも軽かったというのに、自分の何倍もの大きな動物を見てすっかり腰が引けている。
今日、動物園に一緒に来てくれた丞を挟んで、わたしと首の長い動物、キリンの攻防戦のようなものが繰り広げられているのだ。何度目か分からない、丞の溜め息が聞こえる。彼の背中に隠れていれば、丞が不意にわたしの腕を引っ張って、キリンの前まで押しやった。味方だと思っていた彼に、思いっきり裏切られたような気分になる。
「名前、ここまで来て逃げるのか?それはダメだ」
「で、でも……」
「でも、じゃない。お前がしたい、って言っただろ」
キリンの顔が間近まで迫ってくる。餌を目の前にしてお預けをくらうというのは、相当堪えることだと理解はしていたけれど、あの大きな口と舌で自分の手も持っていかれそうで怖いのだ。さっき、わたしより先に餌をやっていた小学生の男の子は笑いながら手を伸ばしていたことを思い出す。彼のような勇気は、持ち合わせていなかった。後ずさりを許さないとばかりに、丞の身体が逃げ道を塞ぐ。
「距離が空いている分は、舌を伸ばして食べる。噛み付かれることはないだろ。目の前で待ってるぞ」
「じゃ、じゃあ丞やってよ……!」
呆れたような声が聞こえた後、わたしの肩辺りから伸びてきた手がキリンの餌を掴む。そうして、その場に立ち尽くしたままのわたしの前に一歩出てきた丞は、躊躇う様子もなく、キリンに向かって餌を差し出す。睫毛をフルフルと揺らしながら、ぱちりとまばたきをしたキリンは丞の方へとゆっくり顔を伸ばす。そうして、想像以上に長い舌でペロリと餌を攫って行った。
ほらな、と振り返った丞は一瞬だけ、どこか自慢気な表情だった。なんだか馬鹿にされている気がしてならないわたしは、いわゆる負けず嫌いの性格なため、先程までとは打って変わって、キリンたちに向かって手を伸ばす。思えば、これも丞の作戦だったのかもしれない。彼はずっと芝居の世界に身を置いている人間だ。表情を作ることも得意だろう。まんまと作戦に引っ掛かったような気になって、悔しさいっぱいのわたしはキリンに餌をやりながら、心の中で丞への仕返しを考えていた。
「ちょっと意外だったな」
「何が?」
「お前、いつも強がりだからな。さっきみたいな弱気な姿、珍しいと思って」
「弱気じゃないし!」
「……どうだか」
いつも通りの調子に戻ったわたしとの距離を、丞が一気に詰めるものだから、空になった餌入れに力が入る。確かにいつも自分にできないことはない、という勢いで接しているのは分かっているけれど、だからといって可愛らしい女を演じるのは性に合わない。丞は、わたしの頭を乱暴にぐちゃぐちゃと撫でながら、新鮮で少し、と言葉を続ける。その言葉を聞いた瞬間に距離を取ったわたしを置いて、丞はスタスタと次のエリアへと向かい始める。わたしこそ、意外だと彼に言ってやりたかった。
Title:誰そ彼