濡れた髪の毛に被せたタオルに視界を覆われる。その隙間から彼女の様子を伺ってみれば、ベッドの上にまるでネコのように丸まり、全く動かずにいた。風呂に入ってくるから寝ていていいよとは確かに言ったが、この後を期待していないと言い切ることは出来ない。普段よく優しい人だと言われていても、恋人を前にして優しさだけを突き通せるはずがないのだ。人間なのだから、良い面も悪い面も持ち合わせている。それを安心して見せられるのが彼女という存在だった。毛布を抱き枕のように掴んだ彼女がやっと、寝返りを打つ。シーツの擦れる音がやけにクリアに聞こえる。俺だって、疼く欲に任せてしまいたいことだってある。
短髪は割とすぐに乾いてしまう。ドライヤーを簡単にかけた俺は、タオルを洗面所にある洗濯機の中に突っ込むと、ベッドに戻った。彼女には大きいベッドでも、俺には少しばかり窮屈な大きさだったが、このくらいでいいのかもしれない。言い訳なんかしなくても、彼女とくっつくことが許されるのだから。そっと、小さな声で名前を呼んでみる。起こさないように、でも眠っていることを確認するために。閉じられた瞼は声に全く反応を示さず、代わりに身体が俺に背中を向けるように方向転換をする。ベッドの端っこは壁とぴったりくっついているから、彼女の先は行き止まりだ。
ベッドの端に腰掛けた俺はついにこの時が来てしまったと、ひとつ大きく息を吐いた。大学に入ってから仲良くなった女の子で、今では恋人として傍にいる。この部屋に来る前に買っておいた小さな箱は彼女に見つかることなく、ここまで隠し通すことが出来た。ベッドの傍にあった棚の上にゆっくりと置く。外箱の黒に浮かび上がる白い文字が、これからの行為を想像させた。いつでも手の届く場所であり、目に入ってしまう。
自分の物にすることは、同時に失う可能性を背負うことになる。それがとても怖かった。大事にしたいからこそ、手に入れることを躊躇ってきた。名前。もう一度、名前を呼ぶ。さっきよりはボリュームを上げて。でも、彼女は目を覚まさない。
ベッドに完全に乗り上げた俺は、彼女の腰に手を伸ばしてグッと引き寄せる。男と比べて細い腰に理性が揺るぎ出す。彼女だって、俺を一晩泊めることの意味くらい分かっているはずだろう。彼女越しに見えたデジタル時計は、まだ日付を越えるまでに一時間半あることを知らせていた。
「……ん」
「名前」
腰に触って、そこから徐々に上へと手を進める。柔らかい部分に触れた瞬間に、俺の手首を颯爽と捕まえた小さな手。制止を優しく振り切って、その感触を何度も確かめる。それこそ手が記憶してしまうくらいには。止めることを諦めた彼女はすっかり目を覚ましたようで、その両手で彼女自身の顔を覆っていた。
「顔、見たいから」
「……恥ずかしい、よ」
「キスが出来ないだろ」
いつの間にか体勢が変わっている。隣に並んでいたはずなのに、俺が彼女を覆うような形になっていた。覆い被さってくる、こんなに大きな男が怖くないのだろうかと一瞬不安に思ったが、彼女はそんなことよりも別の事に気を取られているらしい。一旦、胸から手を離して、彼女の両手を解いていく。化粧の施されていない顔を眺めて、チークで染まっているわけではない頬を摘まむ。ああ、この人は可愛いな。くちびるを寄せると、彼女の両手は俺の首に回ってくる。
しばらく時間を置いた後、ゆっくりと瞳を交わらせると、彼女は自分の着ているパジャマの一番上のボタンへと俺の手を導いた。外して、消え入りそうな声が聞こえてくる。空気の密度が変わってきていることを肌で感じた。指先が痺れるようだった。