それは誰にも言えない秘密だった

*女の子≠プロデューサー



眩しい光に包まれ、チカチカする目を瞼の上からなぞる。機械音や人々の歓声で騒がしいその場所に足を踏み入れたのは、久しぶりのことだった。大学を卒業してからというもの、自分の趣味の時間を削ることがどうしても多くなってしまっている。ピカピカの社会人一年生であるわたしはようやく余裕が出来たと思って、今日ここへ戻ってきたのだ。
店内に入って一目散に向かう先には、奥にいくつも並べられた大きなゲーム機がある。高校生までは、自分の所持金が少ないこともあったけれど、絶対に出来ないと思っていたので近づくことすらしなかった。でも、大学生になってバイトでお給料を貰うようになってからは密かな楽しみになっていたのである。初めはお金が消えていったけれど、慣れてからは台の見極めからゲットするまでの過程を研究した。高校生までのわたしを知っている人たちは今の姿を見て、びっくりしてしまうかもしれない。
透明の壁に阻まれたわたしはまず正面から、そして横から細部をチェックしていく。目標物はアレ。アームが動く範囲は意外と広い。摘む力はどうなのだろうか。少しずつ引っ張ればいける物なのか。両手をペタリとくっつけて、可愛らしいぬいぐるみと目を合わせる。久々だから腕が鳴る反面、ブランクがあることは少し心配だ。
お得になる分だけ硬貨を投入したわたしは、ボタンをゆっくり押した。印はどの辺りにしようか。貼ってあるポスターのあの部分に重なった時、手を離せばちょうどいいかもしれない。奥に動かしつつ、ぬいぐるみのどこを引っ掛けようか考え始める。わたしの触れている時間の分だけ動いていく機械をチラリと見ると、その向こう側にわたしと同じようにあのぬいぐるみを覗いている眼鏡の男の人がいた。彼に気づいたあと、予定よりも随分手前で手を離してしまう。わたしの操作ミスを指摘するように、その男の人は表情を曇らせる。あまりにも分かりやすいそれに、思わず声を掛けてしまうのだった。



「先生、なんでこんなところにいるんですか」



わたしの持っているイメージからして、この場に大変似つかわしくないのだ。眼鏡に光が反射して、まるで近くにある装飾物に交じり合ってしまう。学校の先生がゲームセンターにいるなんて想像が出来ない。ましてや、堅物のような目の前の教師だったら。でもまあ、もう教師ではないけれど。ただ、彼を構築する要素から考えてもやっぱり似合わないと思った。



「これも勉強の一環だ」
「……な、なるほど?でも先生らしいかも」



失敗に終わった一回目を適当に終わらせると、硲先生はわたしの隣にやって来た。卒業式以来だ、こんな風に話をするのは。すっかりアイドルとしての活躍が世間に広まった先生は、ほんの少しだけ変装をしているようだった。先生に習った生徒だったらすぐ気づいてしまうかもしれないけれど。
わたしの最初の言葉は、先生の台詞でもあったらしく、同じように問い掛けられる。確かにわたしもこの騒がしい場には似合わない人間かもしれない。でも、今ではすっかり馴染んだつもりなのだ。
二回目のボタンを押し始めると、硲先生が隣でアドバイスをくれる。そうそう、わたしも同じことを思ってた。どの辺りを目印にすればいいだとか、数学的な考え方を示してくれる。教師でも、アイドルでも、この先生の根本は本当に変わっていない気がしてならない。思わず、笑みが零れてしまう。
五回目を終えた時、そのぬいぐるみは当初の予定よりもずっと遠くに居座っていた。やっぱり勘を取り戻すにはもう少し回数が必要だと思った。感覚というのは思った以上に、鈍っているらしい。鞄の中に手を入れて、お財布を探し始めたわたしの腕を先生が掴む。あ、これ、わたしが参考書を鞄から取り出そうとしていた時と似ている。懐かしい。あの時は硲先生が作ってくれた問題集を貰ったんだっけ。



「これを」
「えっ、先生が取ったんですか!?」
「私だけ、というと嘘になってしまうが」



壁の向こう側でそっと笑っているぬいぐるみと全く同じ物が、硲先生の背中にぴったりくっついているのが見えた。このゲームセンターのマークが大きくプリントされたビニール袋に包まれている。彼が背負っていたのにも関わらず、言われるまで気が付かなかった。先生の言い方からして、きっと近くに山下先生、わたしが習ったことのない舞田先生もいるのだろう。



「苗字くんは欲しいのだろう?そんな顔をしている」
「……うーん、欲しいというよりは取る過程を楽しみたかったというか」
「そういえば、苗字くんは今年就職したばかりになるのか」



瞳を斜め上に逸らした先生は指を折って、わたしの卒業年を考え始める。その間、わたしは自分で取ることの出来なかった物と見つめ合う。過程を楽しみたい、それは間違いないことだった。でも、あの硲先生から贈り物なんて二度とないだろう。わたしは鞄から、黒のサインペンを取り出すと、就職祝いだと口にする先生に手渡した。



「ここにサインをください!」



頷いた硲先生は、ぬいぐるみが着ている服にペンを走らせる。提出物だったり、書類にサインを貰っていた時は当たり前に、硲、となんの変哲もないものが書かれていたけれど、それが今では個性的なサインだ。数学教師である硲先生らしさに溢れたもの。きっと、時間を掛けてじっくりじっくり考えたんだろうな。
硲道夫のサインが書かれたぬいぐるみを受け取ったわたしは、宝物にしますと言った。明日からの仕事も頑張れそう。久しぶりに硲先生に会って、高校のことも思い出しちゃったし。抱きしめたぬいぐるみは、いつも自分で取る物とは全く違う感触がした。



「では」
「せんせー!頑張ってくださーい!」
「……苗字くんも、だ」



Title:誰そ彼
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