*女の子≠プロデューサー
毛布の塊を人差し指で啄きながら、時計に目をやる。番組が始まるまで、もう少しだ。まさか、わたしがバイトとして関わった事務所が、こんな風にテレビに取り上げられるようになるとは思っていなかった。初めてのイベント、そして大きなライブと成長していく様子を間近で見ることが出来るのは本当に貴重な経験だ。わたしが出演するわけではないのに、どうしてこんなにも緊張しているのだろう。撮影は既に終わっているとはいえ、DRAMATIC STARSのアイドルたちが一番緊張するだろうに。
人差し指だけでは足りないと理解したわたしは手を塊の上に落とす。途端に機嫌の悪い唸り声が上がる。眠りを妨げられるのが嫌なことは分かっているけれど、フラっとわたしの家にやって来て、ソファーを独占するのが悪い。今夜はドキュメンタリーを見るために、事務所の皆がそれぞれ色んな場所でテレビの前でスタンバイしているはずなのだ。天道さんはマンションでコーヒーを飲みながら、桜庭さんは足を組んで静かに、柏木さんはテーブルの上に何か食べ物を用意して、だろうか。わたしは、髪の毛をぐしゃぐしゃにして大あくびをする彼の隣で観る。
今日帰ってきてすぐに、玄関をドンドンと叩く音がするものだから一瞬不審者かと思ったが、その正体は漣だった。てっきり今日の番組はタケルや円城寺さんと一緒に観るのだと思っていたから理由を尋ねれば、漣は不機嫌そうな表情をしてズカズカと家に上がる。気まぐれの漣の行動はこれが最初ではないから、別に気にすることはない。けれど、アイドルである漣がバイトであるわたしの家に入り浸るのはあまり良いことではなかった。プロデューサーさんとも念入りに話をしたが、頻繁になるようだったら連絡を欲しいと言うだけで、絶対にダメとは言われなかった。プロデューサーさんだけではなく円城寺さんにも相談すれば、返ってきた言葉はもし漣がそっちに行ったらよろしくお願いします、だった。
「漣、起きて」
「あァ?」
「もうすぐ始まるよ」
半分だけ顔を覗かせた彼から、毛布を無理矢理奪う。睨まれたが、それにはニコニコと笑顔を返す。舌打ちをした彼は何か飲み物が欲しいと、わたしをソファーから追い出した。番組を観る気になっている様子を見て、わたしは冷蔵庫に向かう。昨日、買い物をした時になんとなく多めに買っておいた飲み物が、こんな形で役に立つとは思わなかった。何種類かのジュースを腕に抱えて、ソファーに戻ると漣は毛布を自分の方へ引っ張り戻していた。彼はわたしの家に来た時、あの毛布を気に入ったように要求してくるものだから、いつの間にか漣の私物化している。すっかり漣の匂いに染まったと言ってもいい。
時計は五分前を示していた。果物ジュースのパックにストローを勢いよく突き刺して、力任せに吸い上げれば少し大きめにカットされていた果物の粒が、ストローを通って口へと飛び込んでくる。ソワソワして落ち着かないから、別のことにぶつけるしかないのだ。もうすぐ、皆がテレビに映る。漣はわたしが手に取った果物ジュースを見た後、残っていたジュースを組んだ足の合間へと放り込む。そんなことをしなくても、わたしは一つで充分だし、漣に全部あげるよ。でも、まさか番組中に全部飲むつもりなのだろうか。さすがに無理があると思う。
漣がわたしの服の裾を掴む。パックをひっくり返しそうになって、慌ててテーブルへと運んだ。もう少しで床の上に落とすところだった。ソファーの中央を陣取っている彼を邪魔しないよう、端っこに座っていたのに何か気に障るようなことがあっただろうか。
「なんでそんな端っこに座ってんだ」
「漣が真ん中に座ってるから」
「はァ?オレ様はここっていつも決まってんだ」
「うん」
何度も家にやって来る漣が、いつもこの部屋でどこを陣取っているかなんて家主のわたしが分かっていないわけがない。ネコのようにお気に入りの場所を決めたら、縄張りに入られるのは気分が悪いだろう。だからこうやって、わたしは端っこにいるのだ。事務所に所属している大事な大事なアイドルを一時的とはいえ、預かっているようなものだから責任がある。漣は毛を逆立てて威嚇するようなネコのように、言葉にならない声を上げて思いっきりわたしのことを引っ張った。まるで、わたしの場所はここだと言わんばかりに。
ふと、テレビから聞き覚えのある音楽が流れ出す。わたしも漣も反射的にそちらを向いたと思う。事務所のみんなが、この一瞬を噛みしめただろう。そしてファンのみんなは、発表されてからどれだけ待ち遠しく思っていたことか。わたしは事務所の人間でもあるけれど、もちろんファンの一人だ。鳥肌が立つ。思わず座っていられなくなって、ソファーから立ち上がった。もう、夢じゃないんだ。
番組の内容はあらかた知っている物ではあったが、走り始めたばかりのアイドルたちの姿の欠片が散りばめられていて、あの時はああだったなあと思い出し始める。皆が最初からパズルのピースが決まった場所にぴったり嵌め込まれるように、すんなりと進んで来たわけではない。事務所のドアをくぐるまで、全く知らない同士だったユニットだってある。人がいるだけ、様々なバックヤードがある。抱えてきた思いも違うかもしれない。でも、向かう先は。
「オレ様はいつなんだよ」
「漣は……どうかなあ」
「はァ?最強大天才の」
「ほら、天道さんが!」
漣が出番について言い始めたところで、わたしは彼の隣に腰を下ろして手で口を塞ぐ。むぐ、と言葉を閉じ込められた漣が身体を揺らす。ひとり、ぽつんと事務所の前で立っている天道さんが事務所を見上げた。これ、天道さんが初めて事務所に来たところを再現しているのだろうか。
しばらくして、彼がおとなしくなったので手を離す。すると、漣はわたしの腕を掴んだ。少し爪が立てられて痛い。力が入っているのは興奮しているからだろうか。それとも実は不安なのだろうか。大丈夫だよ、漣も絶対に出番があるからね。そんなことを思いながら彼の背中を撫でると、わたしを呼ぶ小さな声が返ってきた。
漣も、そして事務所のみんなも、ファンの子たちも本当に嬉しいね。わたしたちはソファーで仲良く並んで、そのまま三十分間テレビにクギ付けになるのだった。