*女の子≠プロデューサー
デートの終わりはどうしても寂しくなってしまう。朝から今まで一緒にいるからなのか、それとも最近会う時間がなかったからなのか。自分に問いかけたところで理由は一つに定まらない。きっと、どっちも当てはまることなのだ。
隣を歩く神谷さんが不意にわたしの指に触れた。一瞬のことに横を向けば、まるでたんぽぽが優しく咲いているように笑顔を浮かべた彼が今度は手を捕まえる。手を繋ぎたかったんだ、と神谷さんの笑顔の後ろに言葉が隠れているように見えた。秋に差し掛かると、朝夜は急に気温が下がる。ほんのり冷たくなりつつある手を包み込む彼に、ゆっくりと頷くとわたしは前に向き直した。この行き先はわたしの家だ。足を進めれば進めるほど、神谷さんとさよならをする時間が近づいてくる。でも、わたしのわがままで彼を引き止めることは出来ない。合間を縫って、会えることに感謝をしなくちゃ。わたしはまだ学生の身で、社会人に比べたら充分時間があるからこそ、我慢を覚えないと。
くしゅん、ひとつくしゃみをすると、神谷さんが声を上げて笑った。特徴的でもないわたしのくしゃみで笑われると、なんだか恥ずかしい。ひんやりとした空気が頬を掠め、風がそれを後押しするように吹き付ける。前髪がぶわっと浮き上がったのを押さえるために、神谷さんと繋いでいない方の手を被せた。普段からおでこの見えない髪型なので、少しでも前髪が触れていないと落ち着かない。それにわたしはおでこの出る髪型は似合わないと思っているのだ。好きな人の前だからこそ、自分が一番可愛いと思える姿でいたい。
「着いちゃった、な」
家の前で立ち止まった神谷さんが残念そうに呟く。彼も寂しがっているのだろうかと、心がぎゅっとなった。同じ気持ちだったらとても嬉しいに決まっている。すっかり絡まっていた指と指が離れていった。当たり前のようにそこにあったから、身体の一部からすっぽりと何かが抜けていってしまったような気分になる。
今日はありがとうございましたと言おうとわたしが頭を下げようとすれば、それを神谷さんが遮った。ちょうどおでこの辺りに触れている彼の手は、わたしと共有した熱で温かくなっている。わたしが頭を元の位置に戻したことを確認した神谷さんは、鞄の中に手を入れながらちょっと待っててと言う。実家の前に彼氏を連れて立っていることに、少しドキドキし始めたわたしは、もしお母さんやお父さんが偶然玄関から出て来たらどうしようとか、窓から覗かれていたらどうしようかと頭の中で想像を繰り広げる。別に悪いことをしているわけではないし、神谷さんはわたしのことを考えて早めの解散にしている。怒られることはないけれど、恋愛の話題をまともに親としたことがないので気まずいのだ。
「名前、これ」
「え!神谷さんこれは……」
随分前のデートで、わたしたちが街にある小さなジュエリーショップを通った時のことだ。店頭のショーケースに並んでいたネックレスやリングに興味を惹かれたわたしは、神谷さんが隣にいるのにも関わらず、道を外れてアクセサリーへと引き寄せられてしまった。綺麗に磨かれたガラスにわたしの姿が映る。昨晩、神谷さんとのデートのために気合いを入れて選んだ洋服だった。ピタリとガラスに映った手とわたしの手がくっつく。思わず、綺麗だとか可愛いとか素直な感想を口にしていれば、神谷さんがそんなわたしの隣に立って、名前はどれが一番好きかいと尋ねてきた。突然の寄り道をしたことに対する謝罪もすっかり忘れたままのわたしは、ショーケースの端から端まで眺めてみる。小振りで、ワンポイントのものがいいなあと思いながら、人差し指をすっと動かした。ショーケースの中は、女の子の夢が詰まっているように思わせる。いつになってもキラキラした物にはめっぽう弱いわたしは、ある一つのアクセサリーの前で指の動きをピタッと止めた。
「これって……いつか、わたしが言った」
「そうだよ。着けてあげるから、後ろを向いて」
あの時、指した先にあったネックレスを神谷さんは手に取ると、わたしに背中を向けるように言った。玄関の電灯でほんのり明るい場所は、まるで辺り一面が真っ暗になったステージの上をスポットライトが一点だけを照らしているようだった。これから舞台の上の二人だけの時間が流れ、ダンスを披露するような。
ちょっと髪の毛上げてくれるかな。神谷さんの声がいつもよりも耳の近くで響いてくる。後ろから抱きしめられるような体勢で、ネックレスがわたしの首をくるりと回る。時折触れる神谷さんの指先が妙にくすぐったくて、変な声を上げそうになる。慌てて口を両手で塞いで我慢していると、出来たよと声がする。
「似合ってるよ、名前」
「……あ、ありがとうございます」
「俺とのデートの時、また着けているところを見せて欲しいな」
じゃあ、おやすみ。就寝には早い時間だけれど、その言葉の方が寂しいと思わせなかった。さよならの挨拶より、よっぽどこっちの方がいい。おやすみなさいとわたしも返そうとして、それは叶わなかった。もう背中を向けて行ってしまったと勝手に思っていた神谷さんがわたしの目の前にいるものだから、驚いてぎゅっと目を閉じる。急に降ってきた熱を受け止めると、頭がふわふわするようだった。
ゆっくりと瞼を上げると、神谷さんがわたしの頭に二回ポンポンと触れて、家の前から姿を消していく。残されたわたしは、ステージを下りていく王子の背中を見えなくなるまでずっと見守っていた。
Title:誰そ彼