メロウ・アウト

*女の子≠プロデューサー



狭い箱の中に詰め込まれる感覚だろうなあと思っていたけれど、実際やってみると狭さは気にならず、意識をどこに向けるべきかということで頭がいっぱいだった。翼は、目の前で黄色い鳥のおもちゃで遊んでいる。この前、商店街のくじを引いたときの残念賞だ。一等を狙って気合いを入れていたわたしは落ち込んでいたが、彼は大喜びだ。子どものように遊んでいる彼はこの状況を一体どう思っているのだろうか。
数分前。翼を先に押し込んだわたしは、浴室の扉を一旦閉めると、自分の着ている洋服に手を掛けた。入浴するために服を脱ぐことはいつも当たり前にやっているというのに、扉の一枚向こうから聞こえてくる鼻歌のせいで余計に手が止まる。翼と付き合い始めてから、一緒にお風呂に入ったことなど今までなかった。なのに今日、不意に彼が言ったのだ。お風呂一緒に入ろうよ、と。彼に自分の裸を見られることは初めてではないが、それとこれとは話が違う。明るいところでまじまじと見られては堪ったものではない。でも、キラキラと瞳を輝かせる翼の勢いに負けてしまった。片手に黄色い鳥のおもちゃを握りしめている翼に。やっと下着姿になったところで、お風呂の中からエコーのかかった声が聞こえてくる。いっそ、翼のようにさっと服を脱いで、勢いで入ってしまった方が良かったのか。今さら後悔したところで遅いけれど。
いよいよ下着も取り払って扉を少しだけ開ける。翼はキューキューと鳴く鳥で遊んでいる。小さな薄いタオルで身体を隠したわたしは、そんな彼にこっち見ないでと言った。翼が背中を向けた瞬間にシャワーの蛇口を急いで捻れば、冷たい水が勢いよく出てきたものだから悲鳴を上げる。翼が振り返りそうだと思ったので、すぐに大丈夫だからそのままでいてねと投げ掛ける。すると、翼の代わりにおもちゃが返事をした。お湯で身体を簡単に洗ったわたしはタオルを畳むと、お風呂の隅において浴槽にゆっくりと身体を沈める。翼には入浴剤も持たせていたので、浴槽に浸かってしまえば身体は見えない。



「……もう、いいよ」
「名前、これ水鉄砲みたいにもなるよ!」



翼はいつも通りだ。くちばしから勢いよく出てくるお湯が、わたしの肩辺りに飛んでくる。楽しそうな彼を見て、少し余裕を取り戻したわたしは可愛いおもちゃで遊んでいる様子を眺めながら、浴槽の中で身体を縮める。翼、きっと狭いと思っているだろうなあ。心の中で呟くと、彼はニコニコしながら黄色い鳥を一羽お風呂の中に放つと、どこからか少し色の違う鳥を繰り出してきた。くじで貰った鳥は一羽だけだったのに、いつの間に買ったのだろうか。プカプカと浮かぶ二羽の鳥に集中していると、翼が笑い声を零した。



「一羽だけだと寂しいでしょ?だから、ね」
「そうだね。二羽なら寂しくないかも」



翼が身体の位置を少しずらした時に、小さな波が浴槽の中で発生する。二羽の鳥がわたしの方に寄ってきて、胸元にぶつかる。ちょん、とくちばしでキスをされたような気分だった。翼はそんな二羽を両手でさっと捕まえると、浴槽の縁に並べて置く。



「今日、ちょっと失敗したことがあったんだ」
「翼が?」
「うん。でも、輝さんや薫さんが助けてくれて」
「頼れるお兄さんたちだもんね」
「もっと頑張らないと、って思った」
「翼なら出来るよ」



この言葉は翼を逆に追い詰めてしまうのかもしれない。でも、言葉を選ぶことに時間を割くせいで無言になってしまうのはもっとよくないと思った。わたしが掛けてあげられる言葉は何が正解なのだろうか。端に寄り添っている二羽へと視線を移して、わたしは両手をパチンと合わせた。背中を押すことだけじゃなくて、支えられることも言葉にしよう。鳥たちが教えてくれたようだった。



「輝さんや薫さん、プロデューサーさんも翼の傍にいるよ。わたしもいるから!」



先程よりも大きな波がわたし目掛けてやって来たと思えば、その波を率いてきたのは翼だった。裸同士で抱き合うと、真夜中の彼を思い出してしまうようだったけれど、そんな恥ずかしさを振り払ってわたしは彼を受け止める。翼が一緒にお風呂に入ろうと言ってきた理由が少し分かったかもしれない。わたしだって、一人でお風呂に入った時、リフレッシュを上手く出来る日もあれば、マイナス思考をどんどん重ねていって余計にぐちゃぐちゃな気持ちになってしまう日もあった。



「恥ずかしいって思ってること分かってたのに、ごめんね」
「……ううん、翼だからいいの」



わたしから身体を離した翼がそのまま勢いよく立ち上がったので、瞬時に両手で顔を覆った。飛沫から顔を守るためと、自分の視界を塞ぐためだ。翼がシャワーの蛇口を捻る音が聞こえて、ゆっくりと目を開ければ、大きな背中はこちらに向けられている。
水位がぐっと下がったところに、二羽の鳥たちがまたやって来る。翼がシャワーの水圧で、鳥たちを浴槽の中へ流し込んだからだ。ねえ、名前。鳥同士のくちばしをくっつけるように遊ばせていると翼がシャワーで髪の毛を濡らしながら、わたしに髪の毛や身体を洗って欲しいとお願いしてきた。その頼み事に思わず、鳥たちを離してしまった。浴槽の両端にコツンと当たった鳥たちは浴槽の中を無造作に泳ぎ出す。
わたしは翼の方へと目を向けた。靄がかかった向こう側に、目を細めた翼がシャワーを持ったまま、こちらをじっと見つめて離そうとしない。翼はいつも突然スイッチが入ったように色気を醸し出してくる。ステージの上でも、わたしとの夜でも。あのうっとりしたような表情がスタートだ。降参ですという意味も込めて、翼こっち見ないでと言えば、彼は嬉しそうな声を上げてシャワーを渡してくるのだった。



Title:溺れる覚悟
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