たまには子どものような恋だって

*女の子≠プロデューサー



まんまるの瞳の中にわたしを閉じ込めているのは、今朝お姉ちゃんから預かった子どもだった。お姉ちゃんが旦那さんと二人で結婚記念日のお祝いをする間だけ、この子のことを任されたのだ。年長さんになってから会うのは初めてだから、わたしのことをちゃんと覚えているか不安だったけれど、自分の母親の妹であることをしっかり理解していて、子どもの成長とは本当に早いものだと思う。様々な物への好奇心はそのままに。
彼には少し大きめの鞄の中に、遊び道具をたくさん詰め込んできたらしく、わたしの前にまるでお店屋さんごっこでも始めるかのように並べ始めた。折り紙、小さなネコのぬいぐるみ、スケッチブック、クレヨン、止めどなく鞄から出てくる様子を眺めていると、彼が最後に取り出したのは縄跳び。綺麗に結ばれた縄を解いた彼は、それをわたしに押し付けながらぴょんぴょんとその場で跳ねる。お姉ちゃんがそういえば、幼稚園で縄跳びが始まったと言っていた。



「名前おねえちゃん、なわとびしたい」
「縄跳び?じゃあ、近くの公園行こうか」



靴下を履いたままであることを確認したわたしは、小さなその手を引いて玄関へと歩いて行く。すっかり母親になったお姉ちゃんとは少し歳が離れているけれど、わたしの同級生でも立派に母親や父親をやっている友人がいる。もし、結婚して子どもがいたらこんな感じなのだろうか。お姉ちゃんみたいにわたしも結婚していてもおかしくない歳にいつの間にか、なってしまっていた。普段外を歩いていても、テレビを見ていても、カップルや家族が目についてしまう。こればかりは相手がいない限りどうしようもない問題なのだけど。
座り込んで靴のマジックテープを引っ張る彼に帽子を被せると、すぐさまお礼の言葉が返ってくる。お礼など挨拶をきちんと出来る子は見ていて、気持ちの良いものだ。靴箱からスニーカーを出して履く。そこで、彼があっと言葉を上げたので少し驚いたけれど、わたしと靴の色がお揃いだったことが嬉しかったらしい。かわいいなあ、そう思いながら玄関の扉を開いた。
わたしの住んでいる場所の目の前に公園がある。ブランコや鉄棒、すべりだいと幼稚園生が喜んで遊べる遊具は揃っている。ゆっくりと手を引いて歩いていけば、子どもたちが数人遊んでいるのが見えた。その近くのベンチに座っている男の人と目が合って、思わず足を止めると、名前おねえちゃんどうしたのと不思議な色を含んだ言葉が聞こえてくる。



「信玄さん?」
「あー、やっぱり名前だったか」



公園で遊んでいた他の子どもたちが、わたしが繋いでいた手を攫って行く。その中には信玄さんの姪っ子ちゃんもいた。信玄さんはお姉ちゃんの旦那さんと関わりの深い人らしく、わたしも何度か会ったことがある。姪っ子ちゃんもいるなら安心だと、小さな背中を見送った。強い風で吹き飛ばされそう帽子を押さえながら、彼は子どもたちの集団に向かって駆けて行く。
ベンチに座り直した信玄さんから少し距離を置いて、腰を下ろす。旦那さんから毎回のように聞かされていた、信玄さんがあまり女の人が得意でないことを思ってのことだ。そこまで親しいわけではないし、近すぎるのもなんだかわたしが緊張してしまいそうだった。信玄さんは姪っ子ちゃんが遊ぶ様子を目に入れながら、話し掛けてきた。目に入れても痛くないくらいに可愛がっていることがよく分かる。わたしも彼と同じく、お姉ちゃんの旦那さんに似てきたあの子が鬼ごっこを始めようと、じゃんけんするところを遠くから見守ることにした。



「子守りか?」
「そうなんです。今日、お姉ちゃんたち結婚記念日だから」
「そうか、もうそんなになるのか」



鬼ごっこグループとは別に、男の子たちが公園へ駆け込んでくる。近所の子どもたちが集まってくる休日の公園は、閑散とした平日と比べて随分賑やかだ。バットやグローブ、ボールを手にしている彼らは、幼稚園生や小学生が走り回る場所からだいぶ距離を空けて、キャッチボールを始める。叫ぶ声が微妙に掠れていて、声変わりなのかな、それとも野球の練習で声を出しすぎたのかな、そんなことを考えた。
信玄さんが身じろぎしたのか、ベンチが音を立てる。古いベンチは木の音がとてもよく響く。耳障りではなくて、なんだか心地よかった。隣をチラリと見やれば、驚いたことに信玄さんもわたしの方を見ていて、視線が点と点を結び、一直線を引くことが出来るように綺麗に繋がってしまう。一回りとはまではいかないけれど、年上の彼の紫水晶が揺れる。戸惑いの色がジワジワと広がっていって、その瞳を浸食した。信玄さんが狼狽えるのはあまり見たことがないので、珍しい物でも見るように視線を一点に留めていたらしく、それを彼に指摘されて意識が戻ってくる。



「そ、そんなに見つめないでくれ」
「……つい」



視線を逸らした彼は、キャッチボールをする男の子たちの方を見てしまった。わたしはその反対側で遊んでいる鬼ごっこグループの方へ視線を移す。やっぱり、信玄さんは女の人に対してまだまだ免疫がないのかな。アイドルの仕事を重ねるうちに少しは慣れてきたと勝手に思っていたけれど、そうではないらしい。
その時、信玄さんの大きな声が公園中に響く。竦ませた肩を勢いよく抱かれて、頭は大混乱だ。静かにトクトクと音を立てていたはずの心臓が、急に活発な動きを始める。大きな手がわたしの肩を包んでいた。ゴツゴツした手は、よく華奢だと言われる肩と見事に似合わない。身体を小さく縮ませていると危なかったな、と信玄さんの低い声が傍で聞こえてくる。
キャッチボールをしていた男の子の一人がバットを持って、わたしたちの方へ駆け寄ってくる姿が見えた。信玄さんは何もなかったかのように、ベンチを離れて反対の手で握ったボールを彼に差し出していた。状況を整理出来ていないわたしの方へ、信玄さんが振り返る。



「ボールが飛んできたんだ。ケガはなかったか?」
「わたしは大丈夫ですけど……」
「ん?」
「なんでもないです!ありがとうございました」
「はは、それなら良かったよ」



信玄さんの線引きがよく分からない。挙動不審な様子を先程見てしまったせいもあると思うけれど、今のはセーフなの。いやいや、絶対アウトでしょ。
ぐるぐると考え出したわたしの膝の上に乗っかったままの縄跳びを取りに来たお姉ちゃんの息子が、顔を覗き込んでくる。見ないでと言いたかったけれど、小さな子にそんなことを言ったら誤解を生むに違いないから、もちろん言えない。唾を飲み込んで、顔を上げると信玄さんのところの姪っ子ちゃんが、おねえちゃん、かおまっか、だなんて区切って強調するように言うから、いよいよ隠し通すことが難しくなる。
わたしの顔をしばらく見ていた彼女は次に信玄さんの方へと移動していったらしい。わたしはそちらを見ることなど出来ずに、ただただ声に耳を澄ませていた。ねえねえ、と姪っ子ちゃんの声。可愛らしい、高めの声で紡がれる言葉。あれー、おねえちゃんといっしょで、まっかっか。どうしたの。子どもたちの無邪気な声に囲まれたわたしたち大人二人はしばしの間、無言だった。
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