苦いものは苦いまま
「ったく、あの場面でなあ」
「え、だって、盛り上げるためにはあれしか」



同じ学部で、同級生の男子が言っているのは、この間の飲み会の話のことだ。緊張している場面を和ませようとした結果、わたしが立ち上がるしかなかったのだ。近くに座っていた子たちは、大人しくて人前で何かを積極的にするような子でもない。明るさと元気が取り柄のわたしは、流行中の芸人のネタを披露する。飲み会の雰囲気が一気に変わったのは間違いなかった。硬くなっていた人たちの表情を綻ばせること、その場に笑い声を運ぶことに貢献していた。



「でも名前がいたから助かったよ。女としては見れないけどな!」
「またまた〜!みんなが楽しんでくれたら、それでいいし」



何気ない言葉だったかもしれない。わたしも彼の事は別に男として見ていないから、どうでもいいはず。だけど、あの後の飲み会の場では女の子としての扱いを全くされなかった。訂正、やっぱり傷ついています。というのも、昨日の飲み会だけではないのだ。元気で明るいと周りから思われているであろうわたしだって、何を言われても傷を負わないわけじゃない。人間なのだから当たり前なのだ。お酒が入っていたからとはいえ、言っていいことと悪いこともある。言った本人はすっかり忘れてしまっているようだけど、目の前の男子はわたしを刺すような言葉を発した。顔には出さなかったものの、飲み会が終わって家に帰るまで何度もその言葉を頭の中で繰り返す。はっきり覚えていた。何を言われても平気そうなフリを貫くわたしも悪いかもしれないけれど、ちょっとくらい気づいてくれてもいいじゃない。でも、目の前の彼には気づかれないように今もわたしは笑ってばかりだ。
彼と別れた後、大きな溜め息をつく。表情の変わりようは激しい。楽しい場になって良かったけれど、あれのせいで多少過激なからかいでも大丈夫と思った人もいるかもしれない。失敗だったかな。何が正解か分からないままに講義の資料が詰まった鞄を持って、わたしは帰り道をとぼとぼ歩いた。夕日があまりにも眩しい。真っ赤な色は遠慮なく、明瞭に主張する。本当はわたしも言いたいことをきちんと伝えることが必要なのだ。あの夕日のように。周りが楽しそうに笑ってくれることももちろん大切であって、わたしの一種の役目だとは思っているけれど。定着してしまったイメージというものは一朝一夕に変えられるものではない。あの人はああいう人だから、というように一方的にイメージを貼り付けられてしまう。剥がすことは難しいのだ。
すると、わたしの歩く先から紺色の髪の毛をした人が手を振ってくるのに気づく。あれは、紬さんだ。わたしのことを女の子として扱ってくれる、紬さん。一度はお芝居から離れたものの、今は幼馴染である丞さんと共にまたお芝居をやっている。紬さんと知り合いになったことで、自然と丞さんとも繋がりを持つことになった。



「名前ちゃん、こんにちは。大学の帰り?」
「こんにちは、紬さん。そうですよ」
「暗い顔してたように見えた、けど」
「えっ!?そんなことないですよー、わたしはこの通り元気です!」



それならいいんだけど、とまばたきをする紬さんには嘘をついてしまった。この嘘が彼にバレているのか、それとも信じ込まれているのかは分からないけれど、わたしから元気を取り上げてしまったら何も残らないし、ずっとネガティブなまま過ごすのも嫌だ。鞄を肩に掛けて、両手で元気ですというポーズを見せると、紬さんはクスクスと笑った。その後ろから紬さんよりも背の高く、ガタイの良い人が姿を現す。さっき言った幼馴染の丞さんだ。



「苗字か」
「丞さん元気でした!?わたしはこの通り元気です!」
「……おい、子どもっぽく見えるぞ」
「丞さんはわたしのこと、ちいさな子どものように見えて……!」
「名前ちゃんはそんなことないよ」



おどけてみせれば、丞さんはやれやれといった感じで首を振っていた。幼馴染である彼らの一方からは冷たい言葉をもらい、その一方から温かい言葉をもらう。このやりとりも慣れたものだった。丞さんだって、心の底からの言葉じゃないことを分かっている。これが昨日の飲み会との違いであって、もしかしたら飲み会の相手は今の丞さんのような感じなのかもしれなかったけれど、わたしはその相手のことを少なくとも丞さんよりは知らないのだ。だから、本当にそう思われているのではないかと怖くもある。けれど、互いの関係が拗れること、相手から嫌われることを避けるために笑って流すしかない。
紬さんがせっかくだしお茶でもどうかな、と誘ってくれたが、丞さんは稽古がしたいと彼を咎めた。丞さんはお芝居が本当に大好きな人であるから、わたしは手を振って遠慮することを伝える。でも、紬さんがまだ余裕もあるし、少しだけと引き下がってくれなかったので、わたしも丞さんも了承するしか残されていなかった。



「丞さん!」
「なんだ」
「お茶、ちょっとだけですけど、嬉しいですね?」
「紬が言うから仕方なく、だ。俺は付き合ってやるだけからな」
「……もうっ、つれない人!」



紬さんがおすすめのカフェへと先導してくれるので、その後ろ姿を追いかけながら隣を歩く丞さんに話しかければ、そっけない言葉が返ってくる。予想通りだった。でも、彼がそう思っていても、いい。わたしは丞さんといられることがとても、嬉しいのだ。紬さんとお茶を出来ることも当たり前に嬉しいのだけど、丞さんはまた少し違う。特別、という言葉で表現したら良いのだろうか。きっと紬さんはそれに気づいていて、少しの時間でも、と誘ってくれたに違いない。



Title:誰花
ALICE+