学校に毎日行っている日は授業中に早く週末にならないかな、次の連休はいつかな、なんて考えたりするのだけれど、いざ休みの日がやってくると実は何も予定が無くて家でまったり過ごしている。学校が嫌いなわけでは無いし、寧ろ楽しい方だ。授業は退屈な時間もあれば、待ち遠しい教科の時間もあったりする。我ながらバランスが取れた生活を送っているのかな、なんて思う。 金曜日のホームルーム後はクラス全体のテンションが高い。わたしもその一人なわけだけれど、はしゃいだりすることなく、部活に行ったり帰宅したりとクラスの人が減っていくのを窓際の席で静かに待つ。友だちが出て行く時は手を振るけれど。窓の外ではサッカー部や野球部がもう練習を始めているのが見えた。ユニフォームに着替える時間はどのくらいなのだろう。 「名前」 教室の外から聞こえる声に反射的に立ち上がったわたしは椅子を机と共に整頓すると、廊下へ向かって足を進める。もう、教室はわたし以外誰も居ない。金曜日の放課後はみんなせっかちなのだから。 廊下へ足を踏み出そうとすると、声の主はわたしを教室の中へゆっくりと押し戻すように持っていた鞄を押し付ける。そのまま、さっきまで座っていた椅子のところまで後ろ歩きで辿りついてしまった。わたしが座ったのを確認するとくるりと背を向けて、教室のドアを閉めに戻る。季節は秋に差し掛かった頃合だけれど、まだ夕方は暑い。窓際の席の特権を今使わせなくてもいいでしょ、と思いながらわたしは窓の鍵を解除する。球児たちの掛け声と風が教室に吹き込んで、もうすぐ切ろうかなと思っている長い髪の毛を揺らした。 「縁下くん、今日バレーは?」 「体育館は点検があるらしくてさ、使えないんだ。主将も久しぶりに休みにするって言ったから」 いつもなら別の男の子が座っている隣の席に縁下くんが居る。一緒のクラスだったら、黒板を向く横顔が何時でも見られたのかな。授業中、週末や連休のことを考えずに済むのかな。でも、彼が横に居たら授業にも集中することが出来なくなりそうだ。それはわたしの成績や勉強に支障をきたす恐れがあるので、やっぱり今のままで充分かもしれない。 わたしと縁下くん以外に誰も居ない教室は静かで、黒板の方を向けば今日の日直の黒板掃除の粗が目に入る。白チョークで書かれた文字が微妙に残っていて、現代文の筆者の気持ちを読み取る問題を最後の時限に考えさせられたのを思い出した。うっすらと残る文字が読めるので、わたしは目でその文字を追う。 「俺も今日そこ習ったよ」 「筆者の考えを読み取るのって難しいね」 「そうだね」 意味を持つ文字の羅列は明確に言い表している方が少ない。大体その一文だけを読むだけでは絶対に筆者の言いたいことなんて分からないことが多かった。前後の文を読むか、はたまた段落全体を考えなければならないこともある。文字だけで察しろというのはなんと難しいものか。それでもわたしは現代文が嫌いになることは無かった。何回も読んで内容を整頓していけば、完璧な正解には辿りつけないにしても近い所まで迫ることが出来る。 縁下くんは消えかけた文字を声に出して読む。心地良い声に耳を傾けて、目を閉じると彼の声だけしかわたしの頭には入らない。近くに居るだけでこんなに安心感を得られるなんて、隣の彼は一体何者なのだろう。そんなことを考えたこともあったけれど、答えなんて出るはずも無かった。ほら、現代文より難しい問題なんて世界にはたくさん転がっているの。安心出来るというのは同時にわたしが彼に甘えている証拠に他ならないけれど。 「縁下くんは分かったの?これ」 「まあまあ、かな」 「そんなこと言って。分かっているくせに」 「完璧には分からなかったんだって」 「でも近い答えは出せたんでしょ?もうそれは分かっているってことだよ」 「そ、そうかな…」 評論というジャンルよりは物語の方がわたしは好きだった。小難しい理論と意見を並べられると読む気にもなれないので、男女の仲や家族、友だちとの日常などを描いた物語文の方が好きなのである。展開を追っていくごとに自分が物語の中に誘われていくのが分かるし、早く先を知りたいという欲も生まれたくらいだ。 物語を読むように縁下くんのことも分かっていけたらいいのに。今、彼はいつもの様に眠そうな顔をしているけれど、心の中ではどんなことを考えているのだろう。眠いのかな、わたしの話がつまらないかな、隣に居て安心しているのかな、甘えたいのかな。次々と思いつく予想の中に答えが存在しているとは思えないけれど、わたしと同じようなことを考えてくれていたら嬉しいなとは思う。傍に居て良かったって。 愛情表現をするのは恥ずかしいことだけれど、恋人同士なのだから少しは遠慮することを止めてもいい。わたしはいつも縁下くんに頼りっきり。 「名前?ど、どうしたの、腕広げて」 「縁下くんはずるい!いっつもわたしばかり甘やかして」 「えっ」 「わたしばっかり駄目になっちゃう…」 「名前は駄目になってなんかいないよ」 「やだ!わたしが嫌なの」 じゃあ、とわたしの方へ椅子から立ち上がった縁下くんの顔は視界から消えた。広げていた片腕を引っ張られて、わたしは椅子から教室の床へとゆるやかに落ちていく。ふんわりとスカートが広がって、女の子座りで着地した。 「甘えてもいい?」 太ももの辺りに顔を寄せた縁下くんの鍛えられた腕はわたしの腰をがっしりと捕まえて離さない。もう、黒板さえも机と椅子に阻まれて全てを見渡すことが出来なかった。金曜日の放課後はやっぱりみんなせっかちで良いのかもしれない。 Title:シングルリアリスト |