部活のオフの日に何気なく街を歩けば、ある店の前で足が自然と止まる。ガラス一枚を隔てた向こう側の、純白のウェディングドレスを彷彿させるようなワンピースを身に付けたマネキンと目が合う。無機質なそれだったけれど、ガラスにふとあの子の姿が映る。振り返って、本物がいないことを確かめる。そう、単純に俺が思い浮かべたことが筒抜けたように映されただけだった。ワンピースをまじまじと見つめる姿なんて見られてはたまったものではない。あの子の私服なんて一回も見たことはないが、こういう服を着ているんだろうなと半分理想の姿を描いたことはある。書いてある値段に目を落として、財布の中身を確認する。俺が思っていたよりは高くなかった。女の子の服は男物に比べれば、数もたくさんあるし、高いものであるというイメージが強い。財布をポケットに入れたところで、このワンピースをプレゼントしようと思いかけている自分に気づいた。彼女ではない、あの子に。仲はいい方だと思うけれど、簡単にプレゼントを贈るような関係かと言えば、それは違うだろう。それに、突然服を贈られることを考えると、あの子の困ったような顔が浮かんだ。好みが合うかどうか以前に、彼氏でもない人から服を受け取ることなんてできないと言わんばかりの目を向けられるに違いない。はあ、と息を吐き出せば、目の前のガラスがちょっぴり曇った。



「あれ、大地?」
「お、おお……名前」



このワンピースのことを忘れよう、視界から消してしまおう、そう決心した俺の耳にあの子の声が確かに届いた。振り向けば、さっき見たときには誰もいなかった場所で手を振っている名前がいる。柔らかい中に清楚なイメージを感じさせる私服に身を包んだ彼女は、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。限りなく理想と近い姿に、照れた顔を少しでも隠すようにマフラーを巻き直した。



「誰かにプレゼントしようとでも考えてたの?」
「……い、いや別にそんなことはだな」
「大地とってもセンスがいいんだね。わたしはこういうお洋服好きだよ」



喋っている本人にプレゼントしようと思っていたなんて、口が裂けても言えない。この胸の中で燻っている感情すら、言葉にして伝えることができていないのだから。気持ちよりも物を先にプレゼントすることは自分の中で許せないことだった。白い息を吐き出す名前は、ガラスに指先を触れさせると、ワンピースをじっくりと眺め出す。時折冷たいようでガラスから指を離したりはするが、決してその前から動こうとはしないし、雪のように白いそれから目を離すこともなかった。彼女の横顔とワンピースを交互に見ては、やっぱり似合うなと改めて思う。それに、彼女自身もこういう服が好きだとはっきり聞いた。プレゼントすれば、どんな笑顔を向けてくれるのだろうか。でも、それはやっぱり相手が彼氏ではないとダメなのか。店の前で突っ立っている俺たちを見かねたように、扉の向こうにいた店員さんが中へどうぞと声を掛けてくる。名前は、何も考えていないのか躊躇わず店員さんについて行こうとするものだから、咄嗟に腕を掴んだ。店に入ってしまったら、きっと買わされてしまう。彼女も気に入っているようだから、背中を押されてしまったらすぐに購入に走る。俺が買ってやる隙が完全になくなってしまうのだ。



「大地?お店の人がどうぞって」
「名前」
「あのワンピース可愛いから」
「……好きだ!」
「わたしも好きだよ」
「え?」
「だって、すっごく可愛いじゃん?さっきからずっと見ていられるくらいには好き」
「ワンピースじゃない、名前のことを俺は言ってるんだけど」
「もう……大地、突然そんなこと言っちゃダメだから」



俺の腕を掴み返した名前は店に引っ張るように、歩き出す。扉から漏れ出す暖かな空気が、冷たくなっていたはずの肌に触れる。あまり温度差を感じなかったのは、身体の熱が上がってきていたからかもしれない。彼女から返事を貰っていないことばかりが気になって仕方のない俺は、微笑んでいる店員さんの前に彼女と並んで立つ。さっきの会話は聞かれていただろうか。名前は予想通り、先程のワンピースの試着をしたいと店員さんに向かって即座に言う。試着室に案内される彼女に置いて行かれた俺は、その場に数秒立ち尽くしていたままだったが、店に入ったからには最後まで付き合うべきだと思って急いで追いかける。既に試着室に入った彼女の靴だけがぽつんと残された小さなスペースの前には、待ち人用の椅子が置かれていた。椅子に座ってじっとなんてしていられない俺は、まるで椅子の存在に気づいていませんよとばかりの雰囲気を醸し出しながら、布の擦れる音だけを聞く。彼女が出てきたら、それをプレゼントさせてくれと言おう。残された道を諦めることなんてできないし、店にわざわざ連れ込んだことを考えると可能性はあると思った。目の前で揺れているカーテンが勢いよく引かれて、想像していた名前の姿に息を呑む。



「じゃーん。どう?」



無邪気に問いかけるその言葉に、なんと返すのが正解だなんて分からない。可愛いな、綺麗だ、似合っているよ、ありきたりの言葉で彼女は喜んでくれるのだろうか。でも、俺にはそのような言葉よりも伝えたいことがある。



「俺は、名前にプレゼントしたいってずっと考えてた」
「さっき、聞いた時にそんなこと言ってなかったよ?」
「そ、それは……恥ずかしい、だろ」
「バレーしてる大地とは、全然違う人みたい」
「うっ」
「それで、本当に買ってくれるの?彼氏さん」



首を傾けて、彼氏と言った名前は俺と目が合った瞬間に試着室のカーテンを閉める。開けた時も勢いが良かったけれど、今のはそれ以上だった。目を見て、彼氏と言ったのは本当に俺のことでいいのだろうかと周りをキョロキョロと見渡す。俺たちの他に客なんていないし、店員はレジのところで作業をしているようだった。間違いなく、あの言葉が指しているのは俺らしい。部活終わりに後輩に奢ってやるための金でもあるが、自分のために使うことも少しは許して欲しい。



「大地、ずるいよ」
「名前こそ」



全身の力が抜けた俺は、椅子に腰を落ちつけると試着室から聞こえる声に返事をしながら財布を取り出していた。こんな日が来るなんて夢にも思っていなかったが、少しずつしていた貯金が役に立つ。店に入った後も巻きっぱなしでいたマフラーを解いて、膝の上に落とす。外はまだ寒いかもしれない。でも、俺はいいんだ。この後、大きなショッピングバッグを持って歩くご機嫌な名前の寒そうな首元に巻くために、準備しているのだから。



Title:ジャベリン
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