デート中、突然の大雨に見舞われたわたしたちは身体の上から下まで、雨を被ってびっしょり濡れてしまった。くしゅん、とくしゃみをして肩を震わせると、奏馬先輩がオレの家で服を乾かして身体を十分に温めて風邪を引かないようにしてから、家まで送っていくと言う。迷惑をかけたくなかったわたしが拒否の姿勢を取っても、今回ばかりは譲れないようで根気負けしてしまった。 「お邪魔します…」 「この時間は誰も居ないから、遠慮しなくていいよ」 こんな形で奏馬先輩のお家を訪ねることになるとは夢にも思わなかった。初めて男の人の家に招かれたわたしは玄関で固まってしまっていて、先輩に背中を押されるまで微動だにできない。そんな様子を見て、彼は無邪気に笑っていた。でも本当にわたしの心は落ち着いてなんかいられない。 洋服は風通しの良い場所で干すから、お風呂から上がったあとでいいからと言われ、わたしは脱衣所に押し込まれた。着替えはどうしたら、と言いかけると心配しなくていいからと返事があって足音が遠退いていくのが分かる。脱衣所の先には浴室の扉が全開でわたしを待っているようだった。ここは先輩の善意に甘えてしまう方が得策だと思ったわたしは洋服を軽く畳み、下着をその中に隠すように入れる。浴室に駆け込むようにして飛び込んでいったわたしはドアの鍵を見つけて、大きな音を立てながら鍵を掛けた。 シャワーから出てくるお湯は冷え切ったわたしの身体をゆっくりと温め、段々と全身が温かくなっていくのが自分でも分かった。どのくらいの時間シャワーを浴びていたのか定かではないが、十分身体が温まったと判断したわたしは浴室から出て、近くにあった大きなバスタオルを手に取り、身体に巻きつける。 「名前ちゃん、着替えを…!?」 バスタオルを巻きつけ終わったタイミングで脱衣所の扉が開いて、わたしは声さえ出せなかった。それどころか奏馬先輩と目がばっちり合ってしまい、異様に気まずい雰囲気が流れたかと思えば、先輩の謝罪の声が木霊し扉は閉まる。今、たった数秒の出来事だったけれど、何か大切なものを守れなかったような気がした。バスタオルを巻いていたとはいえ、この下は全裸。 奏馬先輩が投げつけるようにして置いていったものを広げると大きな黒いシャツで、わたしが着たらワンピースのようだ。下着も濡れてしまったため、これ一枚で過ごすしかないという現実を突きつけられたようでわたしは頭を抱える。けれど、こうするしか残されていない。 「せ、せんぱ、」 「…さっきは本当にごめん」 「あ、あれはしょうがないので気にしていません」 「でも、」 「いいんです。それよりこれどこに干したらいいですか?」 湿った洋服を差し出すと、奏馬先輩は手を伸ばしてそれを受け取って、部屋のベランダに行った。そこで彼が窓を開けたときに吹いてきた風で何かがはらりと落ちる。ピンク色のそれはわたしを焦らせるのには充分だった。 「あっ!!」 「ん?どうかしたか?」 「あっ、い、いえっ、わたしが干すので貸してください」 「いいよ。名前ちゃん届かないだろ?」 「いやあの、奏馬、先輩…あの、し、した、ぎ…」 林檎のように真っ赤に頬を染めた先輩をわたしは笑う余裕なんてなかった。下着を彼氏に見られるなんて、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。目を彷徨わせる先輩はもう何処を見ていいのかわからないようで、挙動不審だった。わたしは放心中の彼が持っている洋服の隙間から下着の片方を引っ張って手に取ると、床に落ちたそれも拾って自分の届く位置に干す。奏馬先輩の目に入らない場所だとは言い切れないが、彼に下着を干されるのならば、自分で干して見られる方がマシだと考えたわたしは洋服をお願いしますと小さく礼をして頼んだ。 先輩が洋服を干している姿を見ながら、その向こうに広がる青空を恨めしく見ていたわたしはスース―する身体が気持ち悪くて近くにあった毛布を無造作に引っ張った。先輩の服を借りて、毛布まで借りて、もう彼を困らせてばかりのわたしはどうしようもない。 「まだ寒い?」 「もう大丈夫です。でもこの毛布貸してください。いつもと着ているものが違うので落ち着かなくてしょうがないんです」 「…あ、ああ」 ぐるぐると毛布に包まったわたしと奏馬先輩の間には無言の時間が続く。外は晴天に変わったので、下着が乾くまでそう時間は要さないだろう。まずは下着だけでも早く身に付けたい。 すると、わたしのことを先輩がじっと見つめていることに気が付く。少し驚きつつも、目を合わせてみると、なんだか雰囲気が違うように感じた。 「下に何も着ていないってことだよな…」 ギラリと光るそんな奏馬先輩の瞳なんて一度も見たことがなかった。背筋が凍るような思いがして、危険さえ感じ始めたわたしは後ずさるようにして距離を置く。すると、先輩はパンっと自分の頬を両手で叩き、首を大きく振った。次に開いた瞳はいつもの先輩で、わたしは自然に肩の力が抜けていくのを感じる。 「…名前ちゃん」 「はい」 「怖がらせてごめんな」 「もう、今日先輩謝ってばっかりですね」 「いや、本当にオレが悪いから」 奏馬先輩の部屋に太陽の光が差し始めて、本格的な天気の回復だと窓越しに空を見た。 |