自由奔放な性格で、負けず嫌いであるシノノメは連日暇を見つけては父に挑んでいた。幾つもの戦闘を重ね、鍛錬を積み、実力と経験を兼ね備えた父であるリョウマに勝つことは一筋縄ではいかないことは分かっていたが、彼に諦めるという選択肢は決してない。リョウマはそんな息子の心持ちを大変高く評価していた。無鉄砲さに呆れることもあるが、自分自身が諦めることを嫌っているため、そこは息子の気持ちに寄り添うことが出来る唯一の共通点かもしれない、そう思う。シノノメがリョウマの軍に加わってからというもの、父は息子に世話役の女を付けた。リョウマには臣下であるサイゾウやカゲロウがいるが、シノノメにはまだそのような臣下はいない。いずれはサイゾウの息子であるグレイがその役に付くことになるのかもしれないが、今はまだ良いとの判断でひとまず世話役を探した。シノノメは最初に述べたように本当に自由な性格であるため、付き合っていける世話役は精神面で強い人でないと折れてしまうだろう、そう思ったリョウマが選んだのが名前という女である。 もともと白夜王国に仕える名前は誰かの臣下という形で主人を決めるのではなく、白夜王国全体の世話を預かっていた。ユキムラの補佐役として活躍したり、カムイの世話役としても一時期仕えた経験を持っている。少し姐御肌な性格のため、シノノメを指導する意味でもちょうど良いのかもしれないとリョウマは考え、名前を呼んだ。彼女を選んだ経緯を説明し頼むと、リョウマ様のご命令であれば何なりとのことですんなり決まってしまったのである。 「シノノメ様」 「おう、名前か」 「そのお怪我はどうしたのですか?」 「んーとな、ちょっと戦場でやらかした」 「…また、リョウマ様の言う事に耳も傾けずに飛び出したのでしょう?いつになったら、きちんとするのですか」 「父さんの指示は聞いた。俺の不注意だ」 「あら、そうなのですか」 「名前、だからちょっと頼みたいことがある」 「怪我の治療でしょう?」 「ああ。俺の部屋に道具を貰ってきてるから頼みたい」 「全く…手のかかる大きな子どもですね」 「俺は子どもじゃない!」 「はいはい。お姉さんが治療してあげますから、おいでなさい」 シノノメの部屋のすぐ近くを掃除していた名前は土埃を被った彼が腕に傷を負っているのを見つけた。泥だらけの姿で理由を延々と述べるシノノメだったが、彼女はすぐに彼が嘘を付いていることを見抜いていたのである。リョウマが先程からずっと自室で公務を行っていることを知っていた名前はシノノメから彼の父親の名前が出てきた時点で作り話だと断定していたのだ。それに嘘を付くのが下手なシノノメは目をキョロキョロとさせ、落ち着きが見られない。背負った槍も磨いたばかりだと主張するように光っていた。そんな彼の嘘に名前は乗ってやることにしたのである。怪我をしているのは事実であるため、世話役の仕事には間違いないのだ。更に掃除用具しか持っていない名前にとって、シノノメの部屋に道具が揃っていることは助かることである。 シノノメの部屋の前は先程掃除を済ませたために、障子前には塵ひとつ落ちておらず、そこに足を踏み入れることさえ躊躇ってしまう程であった。しかし、障子を開くと、全く違う光景が広がっていることは名前もよく分かっている。彼は頓着がないのか分からないが、自室は散らかしっぱなしなのだ。部屋に入って、薬箱が机の上に無造作に置かれているのを見つけた名前はその箱の持ち手に腕を伸ばす。 「名前」 名前を呼ばれた名前が返事をしようと口を開きかけたが、薬箱の持ち手には一歩及ばなかった上に言葉を発することも出来なかった。シノノメが彼女を乱雑に敷いたままにした布団に引き込んだのである。当然、力の入っていなかった名前の身体はいとも簡単に柔らかな布団へと飲み込まれるように、吸い込まれるように倒れた。直後に彼女の耳にシノノメの笑い声が届く。 慌てて身体を起こそうにも、シノノメがしっかりと捕まえており、彼女の細い腰をなぞるように指を滑らせていた。名前は布の上からとはいえ、身体をくねらせて抵抗の意思があることを彼に示す。そんな彼女のささやかな抵抗に構うことなく、シノノメはそのまま彼女の布が持ち上がっている場所に手を触れさせた。布越しでも分かる、布団とは比べ物にならない柔らかさはシノノメを昂ぶらせる原因としかなり得ない。名前は彼の大きな手を勢いよく跳ね飛ばした。 「シノノメ様!わたしはこのようなことをするために来たのではありません。こういう行為をしたいのでしたら、別の女性でも連れ込んでください。シノノメ様であれば、選び放題でしょうから」 「名前、俺はちゃんと選んで連れ込んだぜ」 「馬鹿なことを言うのはやめなさい。わたしは子どもに興味なんてありません」 「そんな風に強情だからこうするしかなかったんだよ」 「わたしはシノノメ様の世話役ですから」 「…っ、なんて言ったら分かってくれるんだよ!」 「分かりたくもありませんね」 シノノメよりも年上の彼女はいつも余裕を持っていて、彼が負かされることがほとんどだった。町に出た時、同い年の娘や年下の娘を何度も見かけて声を掛けようと思ったが、どうしても彼の脳裏には名前の姿が浮かんで仕方ない。自分の心の中にはいつの間にか彼女が住んでいるのだとシノノメは思った。そこから彼なりにちょっかいをかけるなどしたけれど、年上の姉のような存在である彼女は振り向くことはないに等しい。シノノメを見る際は必ず世話をする主人としての目しか向けてくれなかったのだ。男として意識させるために考えるより行動した結果がまさに今の状態である。 シノノメと名前は主人と世話役という関係で結ばれているため、彼女はそこに一切の感情を持ち込むことはしなかった上に、彼に恋慕を抱くということなどは考えられなかったのである。初めて見せる男としての表情に一瞬戸惑ったものの、冷たく言い返す彼女の顔つきは仕事を全うする女のものでしかない。 依然として心を許さないとばかりに睨みをきかせる名前に対して、シノノメは彼女の肩を乱暴に掴む。びっくりした名前は肩を強張らせて、シノノメをじっと見ていた。シノノメは好機とばかりに肩を掴んでいた手を、彼女が顔を動かせないように固定する。そこでようやく、彼は気づいたのだった。 「…名前、もしかして」 「わ、悪いですか!?」 「いや、俺まだ何も言ってないけどな」 「…ううう」 「へえ、可愛いところ見つけた」 きちんと顔を合わせて気づいたシノノメは勝ったとばかりに笑みを浮かべる。それに対して、熟れた林檎のように頬を染めた名前は何も言えずに唸るだけであった。そう、彼女は今までに男の人と関係を持ったことがなかったのである。余裕があるように見えたのは彼女が上手くそう見せているからであって、実際のところ経験などひとつもないのだ。そんな彼女を愛おしく思ったシノノメは自身の乾いたくちびるを名前の潤ったそれに押し付ける。突然のことに頭がついていかなかった彼女は、もうシノノメにされるがままであった。くちびるを奪われるという場面は書物でしか読んだことがなかったが、実際どういう状態であるか、身をもって体験している、なんていうことが彼女の頭を過ったらしい。 Title:さよならの惑星 |