花瓶にグレイが持ってきたお花を飾った。
年中お菓子を持ち歩いている息子が突然花束を抱え、母さんこれ、と差し出した時には驚いて一瞬固まってしまって、グレイは花束を差し出したまま。薄い桃色の小さなお花が咲き乱れていたその花束をようやくわたしが受け取る頃にはグレイは照れくさそうにそっぽを向いていて、目が合わなくなってしまったけれど、花束を近くにあった机の上に置いて息子の頭に手をゆっくり伸ばした。頭のてっぺんを目指したものの届かないわたしの手は、グレイの頬をそっと撫でる。時間の流れが違う場所で育ったグレイはもうわたしの背丈をとっくに追い越してしまっている。今日も朝早く出かけていったきりで、どこで何をしているのか全く分からない。
花瓶に水を差しながら、そういえば朝早く出かけて行方をくらますのは何もグレイだけではないことに気がついた。わたしの夫もそんなものであるから、すっかり慣れてしまっていて息子のことを特には心配していない。サイゾウさんのせいである。



「名前、その花はどうした」
「わっ、びっくりした」



噂のサイゾウさんがいつの間にか、我が家に帰ってきていた。彼もグレイも忍であるため、日頃から気配を殺したように行動する。隠密行動には欠かせないためにいつもそのようにしているらしい。帰ってきた時くらい、気を許してもいいのではないかなと妻のわたしは思っているのだけど、サイゾウさんが心に誓っていることのようなのであまり口を挟まないようにしている。鋭い目つきでお花を睨むように見ている彼はそのお花をじっくりと観察していた。まるで、このお花に毒があるのではないかと疑うよう。リョウマ様に仕える臣下として毎日を送るサイゾウさんが何に対しても疑いをまず持つことは必要なことだとは思うけれど、少し寂しかった。グレイがせっかく持ってきてくれたのに。



「驚かせたか」
「いえ、大丈夫です。このお花はグレイが持ってきてくれたのですよ」



くつろぐ際の定位置に座り込んだサイゾウさんはわたしの言葉を聞くと、手のひらをおでこに当てて唸り始めた。変なサイゾウさん、なんて思いながらわたしは急須と茶飲み茶碗を用意するために棚の方へ移動する。息子がお花を持ってくるなんて想像もつかないことだったから、サイゾウさんもびっくりしているのだろうか。棚の端から反対の端まで目を動かしてどの急須と茶飲み茶碗にしようかと物色する。それにしても、グレイはなんで今日突然お花を持ってきたのだろうか。ふと目に止まったのは息子が持ってきた花束と同じような優しい色をした薄桃色のものだった。この急須と茶飲み茶碗はサイゾウさんと結婚して、初めて二人で出掛けた際に彼が購入したもの。正確に言えば、わたしたち二人で選んだものなのだけれど。あの頃が少し懐かしい。でも、昨日のことのように思い出せる。本当はサイゾウさんは薄桃色ではなく、もっと落ち着いた渋い色を提案してきた。でも、どうしても桜のような色に惹かれたわたしが彼の意見に対して強気でぶつかっていって、結局サイゾウさんが折れて。ざらりとした触り心地はそんな思い出を明瞭に蘇らせてくれるようだった。
おぼんに急須と茶飲み茶碗を乗せて運んでいくと、サイゾウさんは小さな包みを机の上に置いて腕を組み、座っていた。お茶の葉を入れて、お湯を注いでいると先程まで沈黙を貫き通していた彼が口を開く。



「それは」
「サイゾウさんも覚えてます?」
「勿論だ」
「あの時はわたしが必死でしたから」
「名前はその時を覚えているのか。ならば、今日も覚えているだろう?あの息子でさえ知っていることだ」



急須の中でお湯がちゃぷん、と小さく音を立てる。それはわたしの心まで響き渡るように染み入った。なんでもないようなフリをしながら、一度茶飲み茶碗に注ぎ分けてはもう一度急須に戻す。バラバラになっている記憶を辿りつつ、一つの元の形へと戻していく。そうして再度お茶を注ぎ分けようとしたとき、サイゾウさんがわたしの手元に小さな包みを押し付けるように机の上を滑らせた。



「今日は結婚した日だ」



急須をゆっくりと机上に置くと、わたしは包装を解き始める。グレイは言葉に出さなかったけれど、今日この日を花束で祝ってくれたらしい。恥ずかしくて言えなかったのかもしれない。サイゾウさんに似て不器用な息子に間違いなかった。今日わたしの目に飛び込んでくる色は本当にこの色ばかりでなんだか運命を感じてしまう。三回目の薄桃色を見たわたしはサイゾウさんの方を見た。彼はわたしを既に見ておらず、視線はお庭の方にある。襖が開いていてお庭がよく見えるため、絵になっているけれど、わたしからすれば不自然極まりなかった。もう、本当に貴方と子どもはそっくりなのだから。



「サイゾウさん」
「なんだ」
「ありがとうございます!」
「…ふん」
「照れ屋なところはグレイとそっくりですよ。甘い物の好き嫌いは似ていませんけどね」



わたしの手の中では小さなかんざしがちょうど差し込んだ日光を浴びて、キラキラと反射して輝いていた。早く髪の毛に付けて、サイゾウさんとグレイと家族揃って出掛けたいなあ、なんて。





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