天は眩しい程に煌めいていたが、女の立っている地上では美しい花々は枯れ、建物は無残にも崩れ去り、人間は誰もいなかった。呼吸の音が虚しく響くその場は、私が暮らしていたかけがえのない場所であり、全てを終わらせた女はその場にぽつんと立ち尽くしている。山奥の自然溢れる場所であるというのに、動物の鳴き声一つすらしない。季節は何度も巡り、気がついたら女は旅立った時よりも年を重ねていた。自分の使命を終わらせたことを報告しようにも、耳を傾ける人間すらいない。女は近くにあった木の枝を手に取ると、昨晩の雨で出来上がった水たまりに向かって投げつけた。水飛沫が上がったが、泥が混じっていたようで茶色い粒が辺りに跳ねる。 勧告を拒み、地上に戻ってきたのは自分自身の判断であり、意志であったけれども、いざ自分の故郷を見ると決して良い気持ちではなかった。やり遂げた達成感など消えてしまい、喪失感で心が覆われる。自分以外、もうこの村に生き残りがいない現実を突き付けられた女はその場に座り込む。昨日も村の中央で同じようなことをしていたが、時間だけが過ぎていくのだった。喉元に刃物を突き付けられ、生きるか死ぬかの選択を迫られているかのようで。しかし、女は立ち止まってはいられないのだ。仲間と共に地上に戻ってきたのだから、自分はここで出来ることを探し、故郷の村を再建することを目標に掲げる。足取りは重く、気合いの入ったような動きは出来なくとも、少しずつ元の形を取り戻していけたのなら、いつか自分の望む姿へと戻るだろう、そう希望を抱いて。最後まで弱い姿を見せないようにと気を張っていたが、仲間が傍にいないとなると緊張の糸はぷっつりと切れてしまうものだ。女は自嘲気味に息を吐く。 「名前どの」 人の声が急に女の耳に入ったものだから、慌てて戦闘態勢を取る。土地勘のない人間が迷い込むことも少なくない。おまけにそれがならず者だとすれば、女は故郷の村を守るために剣を抜くに違いなかった。復讐のために振りかざしてきた剣を、これからは守りのために使うのである。空から差し込む光は鋭い刃を光らせる。 人間が動く度に合わせて甲冑の音がする。城の兵士だろうか、それならば事情を話せば理解してくれるだろう、女は息を潜め、足を地面にしっかりとつけた。どのタイミングからでも戦闘に入れる姿勢を取り、蠢く対象を注意深く観察し続ける。だが、それが日の光を浴びて姿を見せた時、女は剣を鞘にしまうのだった。 「ライアンさん」 「様子が気になって、伺いましたぞ」 「私は元気です」 「そんな表情で言っても、説得力に欠けますな」 「…さすがですね。観察力は侮れません」 「名前どのよりは長い時を生きていますからな」 指先で髭を弄りながら、木陰から姿を現したのは女、名前と一緒に旅をしていた王宮の騎士であるライアンであった。変わらぬ仲間の様子に名前は安心したように、作業を再開する。まずは自分の家を建てることが先決である。日常生活に支障が出ないようにすることが最初にやるべきことだ。作業をするには力が必要で、その力は食事や睡眠によって担わなくてはならない。ライアンが名前の作業をしばらく見つめ、自分が手伝えることを見つけたようで流れていく作業に自然に身を投じると、効率は先程よりも倍増したようだった。 「独りというのは一番怖いことでは?」 「確かにそうかもしれません。今までずっと周りに人がいたから、それに慣れてしまって私は今、実際孤独が一番辛いと感じています」 「誰かに声をかければ良かったのではないですかな?」 「でも、私個人のことで迷惑をかけられません」 「何を今更言っているのだ。私たちは仲間であろう?名前どの」 「…ふふ、ライアンさんは頼もしいですね」 「仲間を頼ることも必要だと私は思いますからな」 木材を積み上げていく作業は男手が増えたことにより、スピードが明らかに上がっていた。今日はライアンという心強い味方がいたが、彼も毎日手伝えるわけではない。それは名前が一番よく分かっていた。声をかけなかったのは彼らの時間を自分の願いのためにこれ以上費やすわけにはいかないと心底思っていたからである。集った仲間たちではあったが、皆の目的を達成した以上、もう縛りを作ることは避けたかったのだ。こうやって、ライアンのように自主的にやって来てくれることは本当に嬉しいことであると同時に、罪悪感に襲われるのも確かである。しかし、それさえ厭わないと言うライアンに名前は悉く救われる気持ちだった。願わくば、このまま一緒に再建に携わって欲しいとさえ思うばかりである。なんて強欲なのだろう、名前は自身の額を流れる汗を拭った。 日が傾く頃、作業当初には存在していなかった家の形が少し見えるようになってきていた。暗闇の中で作業を続けることは効率が悪い上に、動きの活発になる魔物も潜んでいる可能性があるため、二人はそこで作業を中断する。名前は簡易的な調理場を作ると、自分の寝床も用意した。 「ライアンさん、今日は本当にありがとう」 「礼には及ばぬ」 「独りじゃないってだけで心強かったのですから、お礼を言わせてください」 「また、来ても構わないだろうか?」 「はい。ライアンさんがよろしければ、ぜひ」 「名前どの、もっと頼っていいのですぞ」 「重々承知の上です」 焚き木がパチパチと燃える傍で笑った名前は旅の途中で仲間たちが誰一人として見ることの出来なかった、安心感に溢れた優しい表情をしていた。ライアンは静かに笑うと、その場を去っていく。後ろ姿を見つめながら、名前はもう一度感謝の言葉を心の中で呟いた。 |