*学パロ 一ヶ月前に高校を卒業したかと思えば、今日から新しい生活が始まる。受験の時期は追い込まれて気持ちが塞いでしまうようなこともあったけれど、自分の道を無事に決めることが出来たわたしは大学進学だ。情緒不安定で友だちや親、先生に迷惑や心配をかけたこともある。でも、もう過去のこと。忘れてしまおう。 今までに着たことのないスーツの袖に腕を通すと、新品の服から独特な香りがする。新しい物を身に付けたという実感が湧いてくる。一切皺のない美しい直線をいつまでキープ出来るかは分からないけれど、とにかく今日の入学式は慎ましやかに行こう。アイロンをかければ、このスーツの綺麗な直線は作ることが出来る。しかし、まだ引越しをしたばかりのこの部屋にはアイロンが存在しないのだ。購入するところから始めなければならないが、生憎お金にも余裕はない。自分の行動に気をつけて、無駄な動きをしないように努めよう。鞄を持ったわたしはいってきます、と扉を開ける。もちろん、返事はない。一人暮らしを始めて一番寂しいと思ったのは返事がないことだ。 鍵をかけて、三階から見える大学を一望すると自分と同じように真新しいスーツに着られた大学生が何十人も見えた。向かう先は同じなので、迷ったら流れに沿って行けば会場に辿り着けるだろう。大学の場所を理解していても、そのキャンパス内がどのような構成になっているかなどは知らない。 「おーい!」 目線を下に落とすと、駐車場の辺りで無駄にジャンプを繰り返す男の人が見える。この間まで学生服に身を包んでいたというのに、今日から正式の場の時はスーツだと思うとおかしくてしょうがない。笑いが止まらないままに階段を駆け下りると、入り口付近に突っ立っている彼がいて、思わず爪先から頭のてっぺんまで再度見た。やはり似合っていない。口を右手で押さえたけれど、笑いは止まらずに目の前の同級生は変な物でも見るかのような表情をしていた。そんな顔をしたいのはこちらだというのに。 「ふふっ、ティーダも近くだっけ?」 「そうッスよ。ったく、さっきから笑いすぎ!」 「だって、ティーダがスーツ着るなんてね」 「名前に言われたくない」 「はいはい、行くよ」 お腹の中から笑いを全て出し切ったわたしは少し不満そうな顔のティーダの背中を軽く叩いて、足を進めるように促した。彼とは小学校の頃からの付き合いで、大学も結局同じところに進学する羽目になっている。腐れ縁とはこういうものを指すのだろう。先に歩き出していたわたしの腕を掴むようにして、立ち止まっていたティーダは走り出す。 「急ぐッス!」 「ま、待って、わたしヒールだから!走れない!」 引き摺ってでも強行突破しようとするティーダにストップの言葉を掛けると、彼は諦めたように先導して歩き出す。ほっとしたわたしはヒールの音を響かせながら、その後を歩いていく。背中が随分大きくなってね、なんて思いつつ、昔のティーダのことを思い出した。泣き虫な彼はいつの間に消えてしまったのだろう。明るくて活発な所は変わっていないけれど。 大学の正門に到着したわたしたちはキャンパス内にあった大きな時計を見て、入学案内に書かれていた入学式の開始時間を思い出す。いつも遅刻ギリギリのティーダが指定時間よりも大変早く集合場所に着いているのが珍しい。わたしのアパートにやって来たのも予想外だったもの。彼に何処に住んでいると連絡はしたけれど、時間を合わせて行こうなんて一言も言わなかった。 「せっかくだし、写真でも撮る?」 携帯の内カメラを起動させると、大きくそびえ建つ大学を背景にしつつ、残りの画面いっぱいをわたしとティーダで埋め尽くす。ティーダが謎の決めポーズをしているが、わたしは構わずにシャッターボタンを押した。青空の下で、機械音がカシャリと写真撮影の終了を告げる。 写真を確認しようと、フォルダを開いたわたしは思わず固まってしまった。わたしとティーダと大学は確かに画面内に収められている。でも、少しだけ出来ていた隙間にスーツ姿の男の人がもう一人映っていたのだ。気味が悪くて、削除ボタンを押そうとするとわたしの手元から携帯が消える。ティーダに奪われたのかと思って声を張り上げると、きょとんとした写真の男の人がまるでティーダとすり替わったようにそこに立っていた。 「消すなよー、もったいないぞ!」 「…ティーダ?」 「オレはヴァン」 「ティーダ、どこー?」 「無視?」 ヴァンと名乗った男の人こそ、心霊写真かと思わせた原因だった。ティーダはわたしの後ろにいたらしく、他人事のように笑っている。それにしても、わたしの周りの新大学生はどうしてこうもスーツが似合わないのだろうか。漆黒のように真っ黒ではないが、暗く落ち着いた色のスーツは、その真逆で太陽のように眩しい陽気な方々には本当に馴染まないらしい。途端にわたしは周りの人の目が気になってしょうがなかった。 「オレも同じ大学に入学するから。よろしくな!」 「オレはティーダ、こっちは名前。こっちこそよろしくッス!」 前途多難なヴィジョンしか描けていないけれど、果たしてわたしの大学生活は上手く事が運ぶのだろうか。まずはこのヴァンという人も連れて、入学式の場所へ向かうことがわたしに課せられた仕事である。 |