「そういえばさ、ガイ」 「ん?」 食卓に並べられた料理はルークたちが買ってきた野菜や肉、魚を調理して食欲を唆るようなものへと変化を遂げていた。主に調理に携わったのはガイである。客人をもてなす側として、張り切って作ったのが今彼らの目の前に並んでいるのだ。フォークで肉片を刺し口に持っていく途中で、思いついたようにルークがガイに疑問を投げかける。 「ジェイドになんか頼まれてなかったっけな?」 その一言にテーブルを大きく揺らしてガイは立ち上がった。サラダを口にしていたティアが伯爵という方だというのに行儀悪いこと、とばかりに彼を睨む。そんな視線にも気付かないガイは、忘却の彼方に送ったままの用件について、こっ酷く叱られたことを思い出して、顔を青くする。陛下の直々のご命令であるのですよ、と眼鏡を掛けた男から睨まれているのだ。 「ルーク!!それ、明日にでもやるぞ、今度こそ俺が殺される…!」 「は?殺される?」 「…ジェイドが先日殺人未遂の行為を働いたのさ」 「大佐との約束を破るなんて、なかなか強者だと思うわ」 「やべえな…」 一気に凍りつく食卓でミュウだけが嬉しそうにご飯を頬張っていた。自分の顔よりも幾分も大きな葉野菜を頬に詰め込むようにして、口をモグモグと動かす。しゃきしゃき、と新鮮な野菜が噛まれる音が響いた。 その時、とりあえず付けていたテレビからアナウンサーの声が三人に届く。「次のニュースです、先日の魔物実験について新しく分かったことをお伝え致します」と資料を度々見ながら話す男の人が画面に映し出されていた。 「これか…」 ガイが小さく零した。 「犯人は取り押さえられましたが、依然として脱走した魔物は発見されていません。サンプルとして実験室で飼われていた模様ですが、その正体が徐々に明らかになってきています。その中には既に実験体として使われた魔物もいるようです」と若干早口になっているところから放送する側としても緊張感を感じて、不安に襲われているのが分かった。この地域に住んでいる限り、いつどこでその魔物が襲ってきてもおかしくないのである。 「この事件の魔物退治を陛下から頼まれたのね」 「ああ、そうさ」 「事件解決に協力してくださっているピオニー陛下によりますと、強力な助っ人にご尽力頂いた。もう心配することはない、とのことでした」と、その言葉を聞いたガイはこれが俺たちのことだな、と大きく息を吐いた。ピオニーからジェイドへ、そしてガイへと依頼が来ているのは間違いないことなのである。 「俺たち不味いな…陛下が大きく出ているし」 「ルーク、明日狩りに行くからな、絶対に」 流れるニュースの情報を一片も聞き逃さまいと、耳を傾け、目を集中させる三人と一匹の前に、とんでもない事実が突きつけられた。 「――――脱走サンプルはこの五体のようです」と、大きく映し出された写真の一枚にガイは目を見開く。見間違いかもしれないとばかりに、目を擦った。頭の中が混乱し始める。いや、画面の向こうに映っているのは魔物で、自分がいつも見ているのはネコだ。そう自分に言い聞かせる。 しかし、あまりにも、似すぎていた。 言葉を失った。 静謐な空間で時計の針だけが静かに、けれど残酷に時を刻む。 「…ルーク、エリはネコ、だよな」 「勿論だ!」 空間から言葉が失われたようだったが、重い口を開いたガイにルークは肯定の意を示す。一瞬でも疑ったのは間違いなかった。自分の中で、エリの姿と写真の魔物と比較をしていた。何処からどう見ても似すぎている、その事実を真っ向から否定することが出来ずにいたのである。 「エリはネコだわ。あの子から魔物のような気配なんて感じないもの。むしろ、人間のような気がするくらいだわ」 「そう、だよな」 「なーに馬鹿なこと考えてるんだよ、ガイ」 ルークとティアの言葉で自分の中の恐怖を収めようとするが、なかなか静まってはくれない。早く、エリに会いたくてしょうがない。その目で、その鳴き声で、自分はネコで間違いないと言って欲しいとばかりにガイはエリの姿を頭に浮かべていた。 「きゅー」 「あら、エリ、長い散歩だったわね」 ティアは先程の騒動で少しも動じていないのだろうか、いつも通りの声の調子だった。彼女はルークとガイの話を聞きながら、決定的な証拠なんてひとつもないのだから唐突に突き付けられた情報を鵜呑みにすることはないわ、と二人をなだめるように言う。そんな話題の最中にいるエリはもうすぐ日付が変わるという頃に屋敷に戻って来たのだった。ガイは一目散にエリの元へ駆けつけて、見つめ合った。 「きゅうきゅうー」 すっかり懐いたエリは以前のように引っ掻いたりと攻撃することはなく、ガイの元へ寄ってくると座り込んだ彼の腕に頭を摺り寄せた。頭を撫でながら、ガイは心の中で少しほっとする。魔物は今まで自分たちが幾度となく戦ってきた相手であるが、どの魔物も殺気立った瞳で睨みつけるように、そして牙を剥いて襲ってくるのだ。エリはそうではない。 「ほら、ガイ。この子のどこが魔物だっていうのかしら?あなたが落ち込んでいるのが分かったように、励ましてくれているみたいじゃない。人間の感情が分かるのかしら…?」 「そうだよ、な。エリ、すまん、疑ったりして」 「もう眠いですの…」 「ははは、ミュウ寝ていいさ。俺のせいで不安にしてしまったんだな…」 ガイの顔に笑みが戻ったことを確認したようにエリは自分の寝床へと向かっていく。ミュウを抱いたルークやティアもおやすみを告げるとリビングから姿を消していった。 「エリ、ありがとな」 クローゼットに片付けていた毛布を取り出すと、エリの寝床の横にガイはそれを広げた。それから、リビングの電気を消すために入り口のボタンに指を触れさせる。もう一度エリの姿を見た。 どこからどう見たってネコだ。疑いを持った自分が情けないとばかりにガイは肩を落とす。飼い主の自分が一番に疑ってどうするのだ。いつでも彼女の味方で、彼女を信じているといなければならない。エリだって最初はガイのことを信用していない素振りばかりを見せていたものの、今では彼のことを言葉は通じないが、行動で心配を示すほどなのだ。 「おやすみ、エリ」 明かりが消えたそのリビングにはカーテンの隙間から零れる月光が差していて、幻想的な空間を作りだしていた。ガイは安心したようにエリの隣で眠りにつく。きゅう、と甘えるように、でもどこか寂しそうに鳴いたエリの声を彼は知らない。 |