「名前さん!すきです、付き合ってください」 「無理です」 「そ、即答……」 すき、という言葉を使うことが悪いとは思わない。言われる方は幸せな気持ちで満たされる上に、相手が自分を好いていることを知るための一つの方法であると言える。ただ、わたしは今、その言葉を必要としてないから無理だと一言、相手の男の人に伝えた。それだけ。実は少し前から、彼で遊ぼうと思わせぶりな行動をしてみたり、わたしがあなたのことをすきなのよとばかりに言葉遊びをしてみた。すると、どうだろう。あっという間に彼はわたしの物になろうとしている。とても、つまらない。せっかく見つけた遊戯がいとも簡単に終わってしまうなんてね。小悪魔が恋の囁きをしただけなのに、深く意味も考えずに告白に至るなんて、これからの未来を担う男としてどうなのか。本気になったら、このゲームは終了。いつの間に虜になったのかしら。 グランコクマという大きな国に住むわたしは至って普通の職に就き、毎日平凡に暮らしていた。そんな日々に刺激が足りないと思って最初に始めたのは色仕掛け。道具を扱う店にやってくる冒険者たちにちょっぴり誘惑してみれば、不思議なくらい落ちてくるものだから楽しくてしょうがなかった。それが段々とエスカレートした結果が今の自分。魔法使いにでもなった気分だった。一応、譜術を嗜んではいるのだけれどね。道具屋の店員として大人しく仕事に励むのも悪くはない。 「すみませーん、ライフボトル頂いていいかい?」 「はーい」 今朝ターゲットを失ったばかりのわたしの前に現れたのは金色の髪の毛を揺らす、長身で細身のお兄さんだった。からかって遊ぶにはぴったりかもしれない。お兄さんがお金を机の上に置いたのを確認する。最初はどんな反応を見せてくれるだろうか、とワクワクしながらライフボトルを紙袋の中に入れ始める。最初の反応で大体、女の人に対してどういう対応をするのか、女性耐性が分かるというものだ。これを見るのもすごく楽しい。人によって様々で慣れている人から苦手意識を持っている人まで。 お兄さんにお待たせしましたと言いながら紙袋を渡す。そこで無駄に磨いてきたスキルを発動させてみる。紙袋をお客様が落とさないようにと、相手が紙袋を持ったあとに支えるようにして、自然に彼の手に触れるのだ。匙加減が重要で、あくまでも自然に違和感なく行うことが大切。紙袋が相手に渡るとき、中に入っているボトルの水が音を立てた。すかさず、自分の手を相手の手に微かに触れさせる。細くてしなやかな指をしていて、男の人特有のゴツゴツした手だというのが一瞬触れた手袋の上からでも分かった。途端に、ガシャンという音が道具屋の中に響いた。わたしも突然のことに驚いてしまって、店員として一番大切な状況確認と言葉掛けを思わず忘れてしまう。気が付いたときには、わたしの足元に水が広がっていて、小さな小さな水溜まりを作っていた。今までこんな反応を見せてくれた男の人なんて、いない。お兄さんの表情も気になって、紙袋を回収しながら確認してみると、わたしが思っていた顔色とは真反対だった。真っ青になっている。触れられたのが不快だったのだろうか。経験にないことでわたしは少しショックだった。 「お、お客様、大丈夫です?」 「あ、ああ……すまない」 「すぐに新しい物をお持ち致しますので、少しお待ちください」 触れられたことによる嫌悪感から紙袋を放されるなんて、思ってもみなかったから、思った以上に心の傷は大きい。紙袋も溢れた水のせいで底が変色してしまっている。代わりのライフボトルを取りに行ったけれど、在庫がある所に辿り着くまで、水がしとしと落ちていた。自分が歩いた道を知らせるように水の跡が出来ている。これはまた後で掃除を入念に行わなければならない。ただの水と甘く見てはいけないのだ。 じっくりと見てはいないが、整った顔のお兄さんであったように思うのだけれど、もしかして彼女以外に触られるのは御法度というタイプなのかしら。首を傾げながら新しい紙袋を引っ張り出して、同じようにライフボトルを入れた。今日は悪戯をやめておこうと決心したわたしは、バツが悪そうに店の端の壁に寄りかかっているお兄さんに声をかける。わたしも久しぶりにお客様対応で反省しているところだ。 「すみません、お待たせ致しました」 「お嬢さんは悪くないんだ。俺の問題だから」 「はい?」 「……説明すると長くなるんだが、いわゆる女性恐怖症でね」 「女の人が嫌いなんですか?」 「いや。女性は大好きだ」 「言っていること、やっていることが矛盾してますけど」 「こういう体質なんだよ。女性が近くにいるだけでも苦手なんだ。まあ、だいぶ克服した方さ。さっきは突然で驚いただけだよ。キミは気にすることないから」 「あ、はい。ありがとうございましたー」 思い出した。あのお兄さんはグランコクマに大きな屋敷を構えている、ガイラルディア伯爵様に間違いない。道ゆく女性を虜にしたり、とんでもない紳士っぷりで老若男女問わず彼の魅力に落ちていくという噂を聞いたことがある。そういう意味では、少しわたしと似ているのかもしれない。そのガイラルディア伯爵様は女性が苦手ときた。道具屋を出ていく彼の姿を見ながら、わたしはこっそり微笑む。近くに置いてある掃除用具入れからモップを取り出すと、先程出来上がった水溜まりを消すように拭いていく。伯爵様だったら、簡単にゲームが終わることなんてないはず。きっと百戦錬磨の伯爵様だったら、ある程度の女性回避術だって身に付けているに違いない。恰好の相手ではないだろうか。わたしの色仕掛け遊びも大層な物になったものだ。次の相手はかの有名なガイラルディア伯爵様なのだから。心の中で何度も復唱し、わたしは通常業務に戻るのだった。 今日の伯爵様の反応から推測するに、触れること自体は拒否反応を示してしまうのだろう。だから、触れない範囲で色仕掛けをしていけば、彼を虜にさせることだって出来るのではないだろうか。こんなに作戦を念入りに考えて行動するなんて、久しぶりのことで胸が躍る。相手も相手だから、中途半端な行動では靡いてくれないはず。どのくらい楽しませてもらえるのだろうか。すぐにでも落ちてしまうのであれば、ただの女好き伯爵様という格付けになるのだから覚悟してなさい。落ちたその日から、わたしがグランコクマ中に伯爵様の本当の顔を晒してやろう。 お客様の足が途切れはじめた頃、道具屋に置いてある小さな星屑を詰め込んだビンをわたしは無造作に揺らしていた。落ちてきた星々の欠片が詰まったこれは随分前から道具屋の隅に置かれている。放置されていると言った方が正しいのかもしれない。ビンを目線と水平に持ってくると、子どものように悪事を企む自分の顔がそこに映っていた。いつまで経っても自分の顔を可愛いとは思えないけれど、色んな策略で男の人をメロメロにさせてきた過去がある。女の武器を上手く使うことがコツなのだ。瞳は久々に燃えているような色をしている。瞳といえば、あの伯爵様は青と緑を混ぜ合わせたような瞳の色だった。そう、わたしは今から宝石に例えるとエメラルドに近い、そんな瞳を狙う。 |