獲物を見つけたわたしの瞳が燃えているのは明白だった。鏡の中の自分がやる気に満ち溢れているのだもの。久しぶりに夢中になれそうな玩具を見つけたのだから、気分が高揚しないわけがなかった。ガイラルディア伯爵様には悪いが、毎日の楽しみがないと、仕事に精が出ない、どうしようもない女なのである。直接会話をしたのは初めてだったけれど、寛容そうな伯爵様だったし、きっと許してくれるだろう。ね、神様。 今日はあいにくの雨だった。雨が嫌いなわけではないけれど、湿気で髪型が崩れるのは気に食わない。家を出て、店に近づけば近づくほど雨は酷くなる。道具屋はいつも大勢の人で賑わうのだけれど、雨の日は客足が驚くほど減る。つまり、雨の日にわざわざ買い物に出る人はあまりいないということが分かる。あの伯爵様も、お洒落を嗜むように見えたし、今日はきっと来ないだろう。ああ、なんて、つまらないのだろう。ヒールの立てる高い音が途端に、低く、鈍い音に聞こえる。地面に叩きつけるように降る雨音は、耳を劈くようで不愉快だ。昨晩考えた色仕掛け作戦も実行に移せないままに終わってしまうのだろう。店の前についたわたしは傘を何度か開いたり閉じたりを繰り返し、雫を落とした。 「名前、おはよう」 「あら、おはよう。早いのね」 「実はね、今朝早くにたくさんの注文が入っちゃって、それをお届けしないといけなくなってしまったの」 髪の毛を手で軽く押さえながら扉を開けると、一緒に働いている子が慌ただしく店内を走り回っていた。シフト制でこの店は回っているため、入る時間によって仕事をするパートナーは変わってくる。ヒールのない靴を好む彼女の靴音が、まだ客のいない静かなフロアに響く。 注文が入ることは別段珍しいことではないが、今回は客側が急いで欲しいと言っているらしい。こちらからすれば、正直、大変迷惑な話である。もう少し余裕を持って注文して欲しいわね、と吐き捨てれば、わたしの言葉を聞いていた彼女は苦笑いをする。朝から忙しくさせたのはグランコクマのどいつなの、とそのまま尋ねると彼女は顔を少し赤くし、表情を綻ばせた。 「それがね、聞いて名前!ガイラルディア伯爵様なの!ふふ、電話に出た時ドキドキしちゃった」 「……ふーん、それで、誰がお届けに?」 「もー、名前ったらそんな興味ないような顔しないでよ」 「わたしが朝から迷惑です!って持って行こうか?」 「名前!お客様に向かって、なんて口を」 「冗談ですー!でも、配達は本当にわたしが行くわ」 「……ちょっと心配。お願いするけど」 「任せなさい!」 不思議なことに、一瞬でまたヒールの立てる音が高く聞こえるようになった。足に翼でも生えたかのように足取りが軽くなる。店にガイラルディア伯爵が来ないのなら、こちらから屋敷に乗り込んでやればいいのだ。なんとタイミングの良いことだろう。気分が盛り上がる音楽でも聴いたかのように、気持ちが高まっていくのを感じる。どうしよう、口の緩みが抑えられない。思わず頬を両手で押さえると、先程の彼女がやっぱり名前もガイラルディア伯爵様に会えることが楽しみでしょうがないのね、と嬉しそうに言っていた。彼女の言葉は半分アタリで、半分ハズレ。会えるのが嬉しいのではなく、伯爵様で遊ぶことができる、それこそが楽しみなのだ。昨日、色仕掛け作戦を考えていて本当に良かったと思う。神様はわたしを見捨てていなかったのだから。 まずは化粧を整えて、外出用の服に着替えなくてはならない。店内の制服とは少しデザインが違い、幾分動きやすいものである。お淑やかさは陰を潜めてしまっているが、それでも充分だった。個人的な考えだけれど、あの伯爵様はお淑やかなお嬢様が好きなイメージがある。隣に連れて歩くのは、どこかのお嬢様。もしかしたら、国のお姫様かもしれない。そんな感じだった。そこに色仕掛けを入れるのならば、あまり派手ではない露出にしなくてはならないし、ちらりと見える色っぽさを狙っていかねばならないだろう。わたしの考えは最終的にそこへ辿り着いた。 「ねえ」 「名前、早く着替えてきて!」 「……今日、店の方は余裕ありそう?」 「え?ああ、うん、たぶん大丈夫だから、そんなに急がなくてもいいよ。雨だから、お客様少ないだろうし」 「そっか、うふふ」 全ての条件が揃ったも同然だった。わたしはこの店の従業員であるから、一応優先すべきは店のことである。それにこの子に迷惑をかけるわけにはいかなかったので、とりあえず確認したが、少し時間を掛けても大丈夫とのことだった。その返答に思わず、笑みが零れてしまったのは、わたしの描く作戦が上手くいった時の伯爵様を思い浮かべたからである。ただの女好きだと街中の人間に見られるのは、一体どんな気分になるだろうか。あの瞳がどんな風に揺れるのだろうか。 袖に腕を通しながら、何度もイメージトレーニングをする。窓には相変わらず激しい雨が打ち付けられ、大きな音が聞こえる。その上、どうやら風も出てきたらしい。吹き付ける強風が、店の扉をガタガタと揺らしているのだ。それでも、ただひたすらに、わたしはあの瞳を追う。 |