朝、久しぶりに誰かの温もりで目が覚めた。
腕が痺れている、最後に見た時は俺の横でこじんまりと丸まっていた彼女は朝になると俺の胸元に手を置き抱き着くような姿勢でくーくー寝息を立てていた。
その姿が愛らしくて面白くて喉を鳴らして笑うとパチリと目を覚ます彼女、明るい場所で化粧も何もしていない彼女の顔を見るのは初めてで珍しいものに触れるかのように人差し指を彼女の目尻に這わせた。
「い、入間さん・・・おはようございます」
「はい おはようございます〇さん」
シーツの隙間から見える谷間が揺れる、それを隠すようにシーツを引っ張り前を隠すと彼女は寝癖のついた髪の毛を必死に指で整えて俺から目を逸らした。
「一線、越えてしまいましたね」
「入間さん恥ずかしいのでそういう事言わないで下さい・・・」
「すみません あまりにもウブな反応だったので、イジメたくなりました」
「洗面台お借りしますね」
「これ 羽織って下さい、裸でうろちょろされるとドキドキしてしまいます」
「・・・ありがとうございます」
「コーヒー飲みますか?」
「はい 頂きます」
俺のシャツを羽織って彼女は部屋を出ていく、同じシャンプーと同じボディーソープを使っているのに女と男とじゃ香らせ方が違うんだな。ぼうっとそんな事を考えていたら洗面台から水音が聞こえてきた。
▽
彼女と自分のコーヒーをテーブルに置いて椅子に腰かける、彼女は昨日着ていた少しくたびれてしまったシャツに袖を通して白い肌に化粧を施して洗面所から戻ってきた。コーヒーの湯気の先にいる彼女は俺に一言ことわってから椅子に腰掛ける、少し気まずそうな表情がイヤにソソるな。
欲を押し込むかのようにマグカップに口を付けて濃い黒を胃に流し込んだ。
「美味しいです」
「それは良かったです、1時間後に出ましょうか」
「・・・私電車で行きますよ」
「おや 見られたら困るんですか?」
俺が彼女の立場なら同じ事を考えるけどな、つくづく意地が悪いと自分で自分に毒を吐いて俺は彼女の垂れた眉を見つめた。
「入間さんと朝一緒に居るなんて・・・噂流されたりしたら、困るのは入間さんじゃ・・・」
「別に私はかまいませんけどね、私の噂を流せる輩が居るとは思えませんし」
「笑顔が怖いです」
「送らせて下さい 〇さんこの辺に詳しくないでしょう」
「分かりました、お言葉に甘えて・・・よろしくお願いします」
「最初から甘えておけば良いんですよ」
いつも政権を握り権力を振りかざす可愛げのない女達を見ているせいか目の前の彼女がヤケにか弱く見えてしまう、カップに口を付けると少し冷めてきたコーヒーが鼻腔をくすぐった。
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入間さんと一線を越えてから一週間程が経った、忙しい日々のせいかお互いの距離感や空気が元に戻ってしまった気がする。喫煙所に向かう入間さんが私の隣を通ったふわりと香るタバコと香水とあの日知ってしまった彼の家の匂い、腰と背中がぞくりと震える。
「〇先輩 これって入間さんのっすかね」
「あれ、落としていったのかな」
「多分タバコ吸いに行きましたよね入間さん、持っていった方がいいですかね」
「・・・私ちょうど出ようと思ってたから渡してくる」
「分かりました 行ってらっしゃい」
後輩から受け取った入間さんの煙草の箱を手に持ち部屋を出た、キーボードを叩く音が遠くなる。喫煙所の方に向かう為に角を曲がれば入間さんの後ろ姿が見えた。
どくりと心臓が跳ねる、惚れっぽい女なんかじゃなかったのにまるで10代の女の子だ。
「入間さん」
「・・・どうされました?」
「あの、私のデスクの横に落ちていたんですけど これ入間さんのですよね」
「わざとですよ」
「え・・・」
右手に持っている煙草の箱をそっと撫で私の指に自分の指を軽く引っ掛けた箱を手に取り「追いかけて来るなんて可愛らしいですね」と小さく言った。
「あの、入間さん」
「〇さんに避けられているのでこうやって罠にかけてみました」
「避けてなんかいませんよ」
「目が合ったら逃げるじゃないですか」
「逃げてなんか、ないと思うんですけど・・・逃げてました?」
「ええ それはもうお化けでも見たような顔をして」
「すみません」
「今日夜空いてます?」
「空いてます」
「食事行きませんか?」
「はい・・・!」
「良いお返事ですね、それではまたお仕事終わりに」
にこりと笑い彼は喫煙所へと向かって行った。今日また入間さんと2人きりになるんだ、職場で何こんなに浮かれてしまっているんだろう、私は駆け出しなりそうになるのを抑えて仕事に戻った。
▼
20時過ぎに仕事が終わり食事を終えたのは22時頃、今回は俺に遠慮してかウーロン茶しか飲んでいない彼女は俺の車の中でぼーっと外を見ている。何も聞かずに自分の家に車を走らせているというのに彼女は何も言わないで俺がこれからする事を肯定するかのように静寂の中必死に俺の顔を見ないようにしていた。
「コンビニ、寄りますか?」
「大丈夫です 入間さんなにか買いますか?」
「いえ 特には」
「じゃあ大丈夫です」
「もしかして準備してきました?」
「・・・はい、こうなるかなって思ったので」
「ふふ、面白いですねぇ貴女」
「面白くなんかないですよ、その・・・昼食ついでに買い物しとこうと思っただけで」
「こうなる事予想していたんですか?」
信号待ち、彼女の太ももにそっと触れれば燃えるように熱くなる肌色。
「いい大人ですから、分かります」
俺の指をやんわりと掴んで指を絡めた彼女に年甲斐もなく心臓が跳ねた。
靴を揃えて脱ぎベッドルームへと足を運ぶ、彼女の荷物を寝室の端にある椅子に置きコートをハンガーに掛けていたらポケットの中から彼女を呼ぶ着信音が鳴った。
「鳴ってますよ」
「・・・こんな時間に、って」
「出て大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫です」
「そうですか」
ベッドの端に座り彼女に手招きすれば彼女はゆっくりと俺に歩み寄ってきた、ココで彼女と初めてシた時がずっと前のように感じる。ゆっくりとシャツの中に指を滑り込ませれば俺の肩に手を置き目を細めた。
「シャワー浴びないんですか・・・?」
「また一緒に入りますか、脱がせてあげますよ」
「自分で脱げます・・・ってまた、ごめんなさい入間さん」
「誰からですか?もしかしたら急な用事かもしれませんよ」
「いえ、あの 元カレからなので」
「・・・尚更出るべきでは?」
彼女は暫く考えた後渋々電話に出た。
「もしもし」
心底面倒臭そうに低い声を出す彼女、ベッドの端に座らせれば小さく頭を下げて俺の体に自分の肩をくっつけてきた。可愛らしいな、ぼうっとそんな事を考えながら電子タバコの電源をいれ彼女と元カレの電話が終わるのを待つ事にした。