漣ジュン

新入社員として入社してから数ヶ月。元々要領の良い方ではなかったから人の何倍も時間がかかってしまって、毎日のように残業をこなす日々。家に帰るのも日付が回ってからが殆どで、朝だって早い。休日出勤がないだけマシかと自分に言い聞かせるけれど、帰ってお風呂に入って眠ろうとしたところでベッドの半分を私の為に必ず開けておくジュンくんの姿を見ると、ちょっとだけ泣きたくなる。

ジュンくんと付き合い始めたのは大学生の頃だ。まだ今ほど有名でなかったにしても、アイドルという特殊な職業をしているジュンくんと一緒になることは私の中で勇気のいることだった。それでも、こんな私を好きだと言ってくれたジュンくんとずっと共に居られたらどれだけ幸せか。そう思って今を選んだ。
普通のカップルのように外でデートも出来ない。急に仕事が入ってすれ違うことだってあるし、ロケで何日も会えなくなることなんてざらだった。それでもこの関係が崩れることはないと信じている。



「ジュンくん、あのね」
「ん〜?なんすか?」
「ベッド、分けようか。私帰るの遅いし、いつも端っこで寝るの窮屈でしょ?」
「…え、」

珍しく休日が被ったジュンくんにそう切り出すと、包丁を持っていた手をぴたりと止めて私を凝視した。重たげな目が珍しく見開かれている。私そんなに変なこと言ったかな。ただ、別々に寝た方がいいかと思っただけなのに。
荒々しく足音を立てて、座っていた私の両肩を無言で掴む。そうして絞り出すように声を上げた。

「…なんかしましたか」
「え?」
「一緒に寝たくねえってことでしょ?ついに愛想尽きました?」
「ち、違うよ。ただ」
「ただ?」
「私が帰ってくるの遅いから、ジュンくんがわざわざ私の寝るスペース空けてるの見ると申し訳なくて……」
「…なんだ、そんなことか。てっきりおひいさんに言われた通りになるかとヒヤヒヤしたっすよ」
「巴さんに何か言われたの?」
「『ジュンくんにあんな良い子は勿体無いね!そろそろ愛想尽かされて逃げられてもおかしくないね!』ってついこの間」

全く似ていない巴さんの物真似を披露しながらジュンくんは私の隣に座る。愛想尽かすなんて、そんなことある訳ないのに。

「仕事、大変なんでしょ?頑張ってるからあんま言いたくなかったけど本当に辛いなら辞めてもいいんすよ」
「流石にそれは…辞めたら生活できないよ」
「…なまえさん1人くらい養える程度には稼いでるつもりなんすけどねえ」
「そ、それってプロポーズ?」
「ん?まあそういうことで。そうなりゃ愛想尽かされようが逃げられないっしょ?」

ジュンくんは巴さんの影響なのか、それともアイドルとして磨かれた影響なのかわからないけれど、時々こういったとんでもないことを口にする。まるで少女漫画みたいな発言。女の子はこういうこと言われるのに弱いって全部分かってて口にするからタチが悪い。私は何度言われても慣れずに照れてばかりだ。

「よく言うでしょ、好きな人とは喜び2倍、悲しみは半分こって。それに比べりゃ、ベッド半分ずつ使うくらいなんてことないんすよ。なまえさんとなら尚更」
「そ、そうなの…?」
「あーでも、出来ればやっぱもっと一緒に居たいんで。今は無理でも、そのうち仕事辞めてください。そうすりゃ夜、夢の中以外でも会えますもんねえ」

ジュンくんが置き去りにされた包丁を握り始め、こちらに背を向けたのをいいことにクッションに顔を埋めた。アイドルのファンサービスみたいなことを、簡単に言わないでほしい。私はジュンくんのファンというだけでなく彼女だから、そんなこと言わなくても離れたりしない。

「これ以上好きになったらどうしよう…」
「そりゃ好都合。一生逃れられないっすねえ」

仕事で遅くなった日は、半分の境界線を越えてベッドに潜り込んで彼を抱きしめて眠ろう。私だって彼を逃すつもりなど毛頭ないのだ。

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