「それ、オレの色?」
テーブルの上で自分の手と格闘する私を見て、ジュンくんは多分笑顔でそう言った。
多分というのは私が今目を離せないからで、ジュンくんの表情もなんとなくイメージしただけ。でも合ってるはず。声色で気分や表情が分かる程度には彼と長くお付き合いしてきたのだ。
「ちょっと、今、話しかけないでほしい。集中してるから」
「じゃ話しかけないんで、見てます」
向かいの椅子に座ってこちらをじっと見ている、のを横目で見ながら爪に群青を塗り広げていく。細かいところは見て見ぬ振り、追いすぎるとはみ出して仕上がりが汚くなる。何度も練習した中で得たコツを心に留めながら少しずつ、彼の髪色と同じ色を重ねた。
「…ねえ、じっと見られてるのも気になるよ」
「やだ。見る」
「なんでそんな喋り方…?いつもと違くない?」
「だってあんたがかわいいことするから」
右の小指を塗り終えたところでそんなことを言われ、少しばかり動揺して手を止める。正面に座るジュンくんをまじまじと見ると、思っていたよりもずっと笑みを浮かべていた。
「かわいい…?」
「かわいいでしょ。オレの誕生日祝うために、わざわざその色のネイル探して寝る前に悪戦苦闘しながら塗ってるの」
「あ、そういうところも踏まえてのかわいさなんだ」
「まああんたは全部ひっくるめていつもかわいいっすけど」
なんか今日のジュンくんあざといな。お風呂上がりだから顔も赤いし、心なしか笑顔が柔らかい気もする。昔は恥ずかしがってかわいいとか言うのにもいちいち時間をかけていたのに、今じゃ私の方が恥ずかしくなるくらいストレートに言い放つんだから、人って変わるものだ。
「だってジュンくん、誕生日プレゼントは1日一緒に過ごせればいいって言うから。せめてなんかしたいなあと思って形から入ってみた」
「いいっすねえ。オレのもんって感じがして」
「あ、まだ左手塗り終わってないのに」
既に塗り終えた右手を掴まれて引き寄せられる。青に染まったそれを見て満足気に「似合ってますよ」と蜂蜜色の蕩けそうな瞳でこちらを見た。彼から放たれるそういう雰囲気を察知してしまって、その瞳から目を逸らす。
「……まだ、左手塗ってないから」
「そうっすね」
「だから、もうちょっと、待ってほしい」
「待ったらご褒美くれるんすか?」
「………ご褒美じゃなくて、プレゼント」
「うん」
「だから待ってて」
「……期待しますよぉ」
一緒にいる月日が重なるごとにお互いのことを知って、好きなところも増えていく。それがどれだけ幸せなことなのか、こういう節目の日ほど思い知る。
付き合いたてのような気持ちには戻れなくても、あなたへの愛は加速するばかりで止まらない。願わくば私だけじゃなくて、あなたもそうでありますように。
「あの、ジュンくん」
「はい?」
絡め取られた右手は握られたまま。彼の指でするすると続きを催促するように爪を撫でられる。
「このままじゃ片手塗れないよ」
「ああ、それもそうか。……でもまあ、夜は長いんで」
そうして嬉しそうに私を見つめるので、もう右手だけでもいいかも、なんて思ってしまった。